後ろ向きのようなのに前向き。そんな言葉が心を楽にする。

落ち込んでいる時には、あまり前向きすぎる言葉はけっこう辛い。ちょっと前向き、くらいのほうが心が受け入れやすい。

そこで先日書いた「初期設定は最悪」の話からスピンオフして考えたことを書く。その話はこちら↓

唐突であるが、「世界滅亡の終末予言」について考えていたら、「楽に生きる方法」についてのヒントを見つけたので、その考察を書く。 終末予言と言...

「初期設定は最悪」は、楽に生きるために役立つヒントだと思うのだが、言葉としてはちょっと分かりにくい。説明がないと伝わりにくい。

そもそも楽に生きるヒントが必要な人というのは、楽に生きれていない人、ということである。たぶんそんな人はあせっている。きっと早くヒントが知りたいと思っているんである。

そんな人に「例えばさー、世界滅亡がホントに起こったとするじゃん?」から話し出しても、きっと困惑するだけである。

そこで「初期設定は最悪」を、もっと端的に伝わりやすいような、何か別の既存の言葉がないかと思い、あれこれ考えて探してみたところ、似たような雰囲気のものを見つけた。

「ダメでもともと」である。

ダメに軸を置いて成り立っている言葉だ。常にダメであることが前提なんである。

そこで「ダメでもともと」を、国語辞典で引いてみた。

だめでもともと【駄目で元元】

試みて失敗しても、何もしない場合と結果は同じと考えて、失敗を恐れずにやってみろということ。

ゆるい感じを期待していた私を裏切り、予想のちょっと上を行くポジティブで強めの解説である。なにしろ「やってみろ」だ。「ダメでもともと」の言葉自体には、そんな命令的な成分は入ってないのに、国語辞典によると「ダメでもともと」の中には、「〜だからやってみろ」が含まれるんである。

ちょっとイメージと違うので、上の解説を私なりに勝手に意訳してみた。

ダメでもともと【駄目で元元】

そもそもダメなんだから、やらないでダメのままでも、やってみてダメでも、どっちでも変わらないから全然心配しなくていいよー。でも無理してやらなくてもいいし、できなくても、もともとダメだったんだから、あんまり気にしないで。でもやってみて、もしかしてうまくいっちゃったらラッキーじゃない? ちょっとやる気が出たら試してもいいかもね☆

このくらいである。私がイメージする「ダメでもともと」は、このくらいの温度だ。「ダメでもともと」が、「大丈夫、大丈夫」と言ってくれるような感じ。

後ろ向きのようでありつつ、ちょっと前向き。気分が落ち込んだ時には、ちょうどいい感じの言葉である。

落ち込んだら、この言葉を自分に言い聞かせよう。いつか自分の大切な人が落ち込んでいたら、この言葉を伝えてみよう。

「ダメでもともと」、だから大丈夫。

そう考えて、このブログのタイトルにもしてみた。

わりと気に入っている。