それはちょうど1年前、
2016年11月の終わり——。
「ねぇ、ブログを書いてみたら?」
夫が私にそう言った。
その時の私は、うつ病で倒れてから5年オーバーの月日が流れ、ようやく夏に自死願望を手放し、自宅でひっそりと静かな療養生活を送っていた。
2週に一度の病院と、友人の横水さんと出かけるお茶の時間だけが、外部との接点。病状が回復してきたからなのか、何もせずにいる1日は途方もなく長く感じられ、かといって家族や横水さん以外とは話すことも恐ろしく、アクティブに外出することも出来ず……。そんな事情で私は時間を持て余していた。
そんな時に夫が、私にブログを書いてみることを勧めてくれたのだった。
「ブログ?」
「うん、時間あるんだし、ゆっくりと頭の中を整理して文章にしてみたらどうかな」
「ブログって、インターネットって、世界中に繋がっちゃうじゃん! 引きこもりからいきなり全世界デビュー!?」
「いや、そんなに構えずに、気楽に書けばいいよ。全世界デビューって言ったって、最初は誰も見ないから、安心して書けばいいよ」
「そうかぁ、、、じゃ、やってみたいかも」
「じゃ、ブログ作ってあげるね。1週間ほど待ってて」
夫はそう言い、1週間後、私にこのブログを用意してくれた。
ノートパソコンを覗きながら夫が説明してくれる。
「ここに文章を書いて、この『公開』のボタンを押すと、記事が公開されるからね」
「わぁ、なんかドキドキするね。やってみるね」
私はそう言い、3日ほどかかって1つ目の記事を書いた。
そして2017年11月30日、私はドキドキしながら『公開』のボタンを押し、初めてその記事を公開する。
それがこのブログの始まりで、今振り返ってみれば、この日が世間から孤独の闇に引きこもって数年過ごし、再び世の中に踏み出した、リ・スタートの最初の1歩になった。
(↓初めての記事)
続けて、私は夢中になって記事を書いた。これまで頭の中で渦巻いていた考えや想いを文章にして公開する。誰も見てくれなくても、公開して自分の外に出すことで、頭の中を片づけていく感じがある。
モヤモヤを順序だてて並べ、検証し、自分なりの結論を出していく。そのプロセスは想像以上に回復の手助けをしてくれたように思う。
そして私はブログを始めたことでインターネットの世界へのハードルが下がり、ひょんなことからツイッターを始める。これが今思えば、私にとって未来を左右するほど大きなアクションとなった。
(↓ツイッターを始めてよかったの記事)
1年前の2017年12月。私はインターネットの片隅にチョコッと足を差し出し、暗闇から出ようとしていた。
5年もいた暗闇から本当に出られるのかどうかは分からない。だから、まだオドオドと、手探りで、とりあえず歩き出した私。一寸先は闇かもしれないし、光かもしれない。
——分からないけど、とりあえず動いてみよう。
そんな気持ちで2016年が終わり、2017年が始まった。
以下、私の今年の大まかな流れを振り返ってみる。
●1月
1日のうち70パーセントを横になって過ごし、起き上がれるのは30%程度。
でも、ツイッターを始めたことで、同じように病気に向き合うたくさんの皆さんと知り合い、勇気づけられ、励まされ、季節の移り変わりを知り、私はツイッターを見るのを心から楽しみにするようになった。
誰かが素敵なパンケーキを食べているのを見たり、誰かが撮った美しい景色の写真を見たりしては、私も食べてみたい、私もきれいな景色を見たい、と意欲が湧くようになり、夫と一緒に外出する機会が徐々に増えていった。
前年の年末から認知行動療法を受けるようになり、これも私にとっては大きな転機になったと思っている。臨床心理士の先生とのやりとりは予想外に心を軽くする効果があった。
また、臨床心理士の先生の勧めで散歩を始めた。これも最初は戸惑ったが、ツイッターの皆さんからアドバイスをもらって現在まで続いており、近頃では毎日の楽しみのひとつになっている。
(↓散歩、けっこういいよの話)
●2月
これまでは役所からの連絡が来ても途方に暮れ、ギリギリまで放置していた事務手続きを、横水さんに付き添ってもらって行けるようになったり、時には1人で出かけたりできるようになった。係の人と話す時は、まだ若干どもってしまうが、それでも1人で行動できるようになったことは自信に繋がった。
ツイッターの皆さんに影響されて、何年もお休みにしていたバレンタインデーにも参加することに。1人で近所のコンビニへ行き、チョコレートを買い、夫に手渡した。
「えっ、1人で準備してくれたの? すごいな、えらいな」
と夫に驚かれ褒められ、気を良くする。
●3月
散歩が功を奏して、少しずつ1人でも家の近所なら外出できるようになってきた。横水さんから、
「日に日に調子が良くなってくよ、いい感じだね」
と言われて、ツイッターの皆さんから、いろんな刺激をもらっているおかげだと考える。
ホワイトデーにはバレンタインデーの努力を回収。これまで苦手だったショッピングモールに行けるようになる。
また、ツイッターで何気なく呟いたことから高知県へ旅行に行きたいと思いつき、横水さんに話す。横水さん快諾で夏に高知旅行をすることに決定。
バスで2時間かかる実家に1人で里帰りチャレンジ成功。
●4月
やや体調は不安定。また引きこもりになるかと不安になるも、意外と大丈夫で、ダメな日はダメ、大丈夫な日は気分次第で、と割り切って過ごす。月末のゴールデンウィーク出だしはガッツリ寝込んで、寝たまま5月へスライド。
この4月で発病から丸6年。
●5月
連休後半に体調が復活、夫と北陸に日帰り旅行に行く。ゴールデンウィークで人がごったがえす観光地でも、体調は悪くならず、自信がつく。
横水さんと出かける喫茶店も、これまでは同じお店しか行けなかったけれど、いろんなお店に行けるようになる。でも行けるようにはなったものの、結局いつもの喫茶店が居心地がいいのでそこに落ち着く。
体調のいい日60パーセント、悪い日40%くらい。
●6月
夫と一緒に、病気平癒祈願で東大寺の大仏に会うため、奈良旅行へ。うつ病になって以来、初めての1泊旅行。現地ではずいぶん歩いたけど、体調も崩れず。史跡を見て回り、興味や関心が以前のように戻ってきたことを体感する。
普段の日は少しずつ起き上がっている時間が増え、歌を歌ったり、絵を書いたりと、感覚的な作業が出来るようになる。
埋蔵金発掘計画を思いつく。
(↓埋蔵金見つけたかもの話)
●7月
体調は上下しながらも上昇傾向、去年までの焦る気持ちから、「日々を楽しんで暮らす」ほうに気持ちがシフトしていく。
7月1日、私の社会復帰計画~第1弾として、ツイッターで路上ポエマー活動を始める。適当なペースで今も時々更新中。
(詩人の松桐谷↓)
※松桐谷まこ@路上ポエマー→ @matsukiriya3
7月上旬、うつ病に倒れてから何年も放置したままだった鉢植えを掃除し、アサガオとヒマワリの種をまく。発芽し、毎日水をやり成長を見守り、楽しみにする。未来を思うことが出来るようになったのは大進歩。
実家に1人で里帰りチャレンジ2回目成功。
●8月
夏の間に、1日の中で起き上がっていられるのが60パーセントほどになった。毎日を自分のペースでゆっくり生きることを心がけて過ごす。
3月から計画していた高知県への旅行に、横水さんと出かける。近年無いくらい楽しい出来事で、体調も崩さず最高に愉快な旅となった。
(↓高知県への旅)
→よこまこ道中 ビバ☆ホリデー!~高知編~
8月下旬には横水さんと劇団四季のミュージカル「リトルマーメイド」を観劇。美しいダンス、心に響く歌など、感覚的なものに触れ、心震わせられるまでに快復してきたことを体感する。
アサガオとヒマワリ開花。自分の手で花を咲かせることが出来て大感激。
●9月
花火見物に行く。3年前に行った時は、花火は見えていても楽しむ気持ちには全然ならなかった。夜空に散っていく花火が美しくて儚くて、涙ぐみそうになり、そう感じられる自分に感激して涙ぐみ、結局泣く。
9月11日、横水さんと出会って10周年。出会ったお店まで出向きランチ。他の友人とも合流し、みんなで楽しい記念日を過ごせて、とても幸せだと感じた。自分の中に、特別な日をお祝いしようという気持ちが芽生えたことも、とても幸せだと思った。
9月には1日の中で起き上がっていられるのが70パーセントほどに増えた。
実家に1人で里帰りチャレンジ3回目成功。
9月22日、私の社会復帰計画~第2弾として、ツイッターで広告プランナーとして活動を始める。この日から現在まで平日の毎日、1日1つ発言して、仕事と向き合う気持ちを疑似体験中。
(広告プランナー松桐谷↓)
※松桐谷まこ@広告プランナー→ @matsukiriya2
●10月
やや体調は不安定。でも気分は案外大丈夫で、ダメな日も落ち込まずに過ごせた。
10月6日に、横水さんと一緒にウクレレの体験レッスンに行く。先生がとても素敵な人で、通うことを決定。以前は音が怖くて仕方がなかったのに、自分で楽器を演奏しようと思えるようになったことが、心からありがたいと思う。
(↓音が怖いの話)
ウクレレは病気になる前に買って始めようと思ったら、病に倒れてしまったので、使わないまま持っていたもの。まさか6年越しで弾くとは思わなかった。
先生に教わって、初めて鳴らしたウクレレは想像以上に良い音で、「長いこと待たせたのぅ」と思う。ウクレレは毎月1回通って、2017年末で3回目。
●11月
1日の中で起き上がっていられるのが90パーセントほどになる。
東京で暮らす息子宅に、1人で上京チャレンジ成功。新幹線や電車を乗り換え、ドキドキしながらの移動になったけど、無事到着。
「まこさん、やるときはやるじゃん」
と息子に褒められ、東京観光に連れて行ってもらう。以前なら怖気づいて逃げ出したような、渋谷とか原宿とか、なんかもう「ザ・都会」みたいな街へ行き、おのぼりさん状態でキョロキョロ。混雑にも不安にならず、楽しめた。
滞在中、美術系の大学生の息子に、パソコンでいろんなアーティストの皆さんの作品を見せてもらい、「わぁ、私も何か作ってみたい」とコッソリ思う。
なんにでもすぐ影響される私は帰ってから、あれこれと絵を描き始める。これまでの数年間は、後ろ向きにしか生きてこなかったので、下手でもなんでも、何かを生み出そうとする気持ちが湧いたのは大いなる進歩。
11月下旬、夫と一緒に大阪のユニバーサルスタジオに行く。
ハリーポッターのライドに乗り、ハリーと一緒に空を飛びながら、「あぁ、、、世界には楽しいものがたくさん用意されているし、私は今、それを楽しんでいる、、、」と思ったら、感激して泣けてきて号泣、夫を困惑させる。
病気になってから初めてのテーマパークで緊張するも、体調も崩さず、思いっきり楽しみ、夢のような1日になった。ありきたりな表現かもしれないが、本当に夢のような1日だったのだから仕方がない。
そして翌日、歩き疲れでヨレヨレになる。
↑……これが予想外の展開になる。
私は毎日1つか2つ呟くツイッターで、いつも挿絵代わりの写真を付けていて、特に撮るものがない日は、ベランダから空の写真を撮って載せているのだけど、この日はベランダに出るのもだるくて、手元にある道具でヨレヨレの私の挿絵を描いて載せてみた。
(ユニバーサルスタジオで2万歩も歩いてヨレヨレの私↓)
すると、この絵を見た夫が、
「4コマ漫画描いてみたら? 頭のトレーニングにもなると思うし、いいと思うよ」
と言う。確かに脳のリハビリになるかも、と思い、4コマ漫画に挑戦してみることに。
4コマ漫画を描くというのは、絵を描く前に、面白いことを探す作業が必要だ。楽しいことを探して考えるのは確かに、精神的にも脳の機能復旧的にもいいかもしれない、と思い、空想を膨らませる。
●12月
12月3日、そんな流れで初めての4コマ漫画を描き、noteに掲載する。自分の描いた絵が、インターネットに並んでいるというのは、なかなか楽しい。描いたらすぐに公表できる。すごい時代になったなぁ。
素人なので思うように描けないけど、描けない絵は描かずに済むよう、描けないものが出てこないように話を変えるという大胆なスタイルで、後先考えずに始める。
(↓松桐谷の初漫画、奥様は鬱【うつ】)
そして現在、私は横水さんとお茶に行ったり、ウクレレを習いに行ったり、絵を描いたり、詩を書いたり、漫画を描いたり、歌を歌ったりして、日々のんびりぼよよ~んと暮らしている。
ダメな日もあるけど、健康な人にだってダメな日はあるし、私は既にもう、6年も足止めを食らっているのだ。1日や2日ダメだって、そーんなの全然しょうがないって思うよね。受け流しちゃうよね。
上に書いた以外でも、去年までは年に2回くらい行けるかどうかだったショッピングモールも、毎月のようにウィンドゥショッピング&散歩に行けたし、趣味の神社仏閣城郭めぐり、映画館や美術館、水族館や博物館など、夫と一緒にあちこち出かけることが出来るようになった。
夫の趣味である「スイーツのおいしいカフェ巡り」にも付き合えるようになって、2人でゆっくりお茶を飲む機会も増え、これもまた楽しい。
以上が私の、今年のふり返り。
♪トゥリャトゥリャトゥリャトゥリャトゥリャトゥリャリャ~、友達よ、これが私の~、2017年の様子です~♪
……と、今年のふり返りをまとめてみると、活動の幅が広がった雰囲気を出しつつ、家の中でもふとんとソファの上を活動拠点にしているし、出来ることだけしかしていないので、無理のない範囲で動けている。
外出も、夫か横水さんが一緒じゃないと限られたごくわずかの場所にしか、めったに行かないので、私はベリー・ベリー・スモールな世界の住人だ。
でも、今の私にとっては、世界はこのくらいのサイズがちょうどいい。
小さな世界ではあるが、このブログや、ツイッターのおかげで、去年の今頃に比べたら信じられないくらいたくさんの方々と知り合うことが出来た。日常の細々したエピソードをやりとりしたり、良い影響や刺激を受けたりしていることが心から楽しく、とてもうれしい。
皆さんのおかげで、どれだけ生活に潤いがもたらされているかは、私の筆力では書き表わせないほど。心底ありがたく思っている。
そうこうしながら、焦らず、努めてのんびりのほほ~んと過ごしたことで、1年の間に脳の認知機能の低下が徐々に回復し、結果的に「心」が再起動してきた感じがある。
去年までの5年間、ずっとずーっと焦り続けて、苦しんでもがいてきたけど、一向に良くなったとは感じなかった。でも焦ることを止めて、
「もういいや~、なんでもどうせ、だめでもともと。なるようにしかならないしー、やってみたいことだけやっていこ~」
と思ってからのこの1年のほうが、急速に良くなってきたようだ。
投げやりではなく、今の自分の力ではどうにもならないことに対して「前向きに諦める」ことを覚え、それが「現状を受け入れ、適当に臨機応変に対処する」ことに繋がった。結果的に「急がば回れ」を実践することになったけど、これは大正解だったと思っている。
とはいえ、うつ病は脳の病気で、脳の故障が治るまで私もまだ治らないし、当分療養生活を続けなくちゃいけないのは仕方ないけど、現時点で、今の気持ちはとても穏やかだ。
来年も、このペースでリラ~ックスして、時の流れに身を任せて行こうと思う。
そして、来年もこのスローガン↓で行くつもり。
——だめでもともと、だから大丈夫。
では皆さん、少し早いですが、
よいお年を。(∩´∀`)∩イェー☆