ケーキ屋さんの言葉から考える、良い精神科医に絶対不可欠なものとは。

私はこれまでに3人の精神科医の先生の診察を受けた。どの先生もタイプが違い、診察スタイルも違ったが、3人目で今の主治医のK先生と出会い、私の病状は飛躍的に回復を始めた。

その先生方の診察スタイルの違いから、私は「良い精神科医の先生が持っているもの」という記事を以前書いたのだが、
(↓良い精神科医の先生が持っているもの)

うつの病院選び試行錯誤。良い精神科医の先生が持っているものとは?
うつ病になったかも?と不安になったら、最初にやってくるハードル、それが「病院選び」である。 うつ病の病院と言っても、個人経営クリニック...

要約すると、出来る精神科医の先生が持っているもの、それは「トークスキル」である。

「聞く力」「聞き出す力」、これらのスキルが無いと、うつ病の症状で脳の認知機能が低下し、論理的に自分の状態を説明出来ないうつ病患者さんから話を聞き出し、把握することができない。把握できないと適切な薬の処方がなされない。

ゆえに、病状を回復出来る先生は、「トーク力」を持っていなければならない。

……と、書いたのだが、この度諸般の事情により、4人目の先生の診察を受け、その先生がこれまでの先生と違う、新たなニュー・タイプであり、「良い精神科医かどうか見極めるのに重要なポイント」に気づいたので、今日はその話を書く。

結論を先に言うと、患者目線からの良い精神科医は、

「トークスキルを持っている先生」に加え、もっと大事な大前提で欠かせない条件があった。

それは、

「患者を人として見ている先生」だ。

当たり前だけど当たり前じゃない、大事な大事なこと。うつ病患者さんにとっては回復に関わる、「主治医にすべき精神科医」の条件。

これからその話をするが、言いたいことはそれに尽きる。

さて本題。

私の主治医のK先生がしばらくお休みされることになり、前回の診察から私は、代理のP先生に診てもらうことになった。

この先生がもうなんか、いろいろとアレなんである。

どういうふうにアレかというのを説明するのに、前回の診察風景を描写することにする。

——廊下で診察の順番を待っていると、P先生の声でアナウンスが流れた。

「松桐さん、松桐さん、診察室にお入りください」

私の苗字は松桐谷、だ。名前が違うけど、私のことだろうなと見当を付け、診察室に入る。

「松桐さん、お座りください」

P先生は横置きのデスクのパソコンに向かい、こちらを見ずにそう告げる。

——名前が違うことを言ったほうがいいかしら。でも臨時の先生だし、そんな些細なことはいいかと思いつつ、前回も間違えられたし、次回も診察があるので一応、

「松桐谷です」

と言ってみた。するとP先生は、

「あ、そう」

と言った。P先生にとっては、呼べさえすれば私の名前なんてどっちでもいいのだ。

名前を間違えるのはまだいいとして、訂正したら「あ、そう」ってリアクションは、一般的にはなかなか無礼者、と感心していると、相変わらず横を向いたまま、

「変わりありませんね?」

と聞いてくる。のっけから先制パンチだ。体調を尋ねるのに、

「変わりありませんか?」

という「質問」じゃなくて、

「変わりありませんね?」

と、「確認」で来るのだ。話を切り上げると言うより、ハナから患者の話を聞く気がない。

私のほうも臨時の先生だしいいや、と思い、答える。

「変わりないで…」
「お薬このままでいいですね?」

P先生は、私の返事にかぶせて聞く。聞きながらP先生の手は、既にマウスを操作して処方箋の入力をしている。それを眺めながら、確認取る前に入力してるじゃん、と思いながら返事をする。

「はい」

診察室に入ってからここまで、先生はパソコンのモニターを見たままで、私のほうを向こうともしない。私の言葉を電子カルテに記入しているわけでもない。そもそも私は「松桐谷です」「変わりないで」「はい」しか言っていない。常に次の作業のパソコン操作をしているのだ。

——前回も思ったけど、この人ホント感じ悪いなー、早く主治医のK先生に戻ればいいのに、と思い、主治医のK先生がいつ戻るのかを聞いたら、P先生は横を向いたまま、

「それは私の知り得るところでは無いので、聞かれても知りません!
分かりま——、、、せん!」

とアゴを上げて、「分かりまー」と「せん」をわざわざ区切って語尾荒く言った。

自分の仕事の流れを止める質問をする私に苛立ったのだ。私には重要だけど、P先生にとっては治療に関係ない、余計な質問だったのだろう。っていうか、治療も何も、喋らせてくれない状態であるが。

私はあっけにとられながら、「この人、ヤな感じ過ぎて、不快感通り越しておかしいな」と思ってしまった。

——なんでこの人は、こんなに威張ってるんだろう? なんでこんなにぞんざいなんだろう? 代理の診察で、自分の患者じゃないから? 私が心の無い丸太か何かに見えるのかな?

もう、ドラマかなんかの敵役のイヤな医者を、わざと演じているのかと思うくらいの感じの悪さ。ドラマ「ドクターX」の米倉涼子さんにやっつけられていいレベルの悪役クオリティ。

話も聞いてくれないし、患者を理解しようという気持ちなど、みじんも見当たらない。「キング・オブ・患者をへこませる精神科医」だ。「ヤな感じ精神科医オブ・ザ・イヤー授与」などと考えていたら、もうP先生の中で診察は済んだらしく、

「次回の予約は、認知行動療法が11時に入ってるから診察10時半で」

と決めつけながら、パソコンで予約の入力を始める。

ここまでおとなしく受け答えしていた私だったけど、この件に関しては朝の行動時間が早くなると自信がないので、仕方なく口を挟んだ。

「いえ、診察は認知行動療法の後にしてください」

するとP先生はこちらを向いて、イラッと眉を寄せ「ハァ?」という顔をして(ここで初めて私の顔を見た)、パソコンに向き直り、予約の入力を取り消して再度入れ直した。

モニターを見ていたら、その日は予約なんかまだ入ってなくて、別にどの時間でも良かったのに、P先生は私に変更されたことに対して、自分が入力した予約情報を入れ直させられた!ということに対して「ハァ?」の顔をしたのだ。……心が狭い、猫の額くらい狭い。猫に失礼なくらい狭い。

P先生はプリントされた予約票と処方箋を手渡すと、何の感情もこもっていないことがきちんと伝わる口調で、

「ハイお大事に」

と言った。これはもちろん、私を気遣っての「お大事に」ではなく「終了―、退場ー、お帰りはアチラー」という意味で言っている。

診察時間3分足らず。

私はお礼を言い、診察室を後にした。

——うーん、見事なまでの流れ作業。

P先生との短いやりとりで、私はそう感じた。感じも悪いが、心が無い仕事ぶり。臨時とは言え、あまりにもスピーディー&インスタント。

私はP先生に診てもらったのではなく、P先生の仕事の、タスクの1案件としてチャチャっとこなされたのだ。

主治医のK先生の時には毎回見てもらい、あれこれとアドバイスをもらっていた、「睡眠と気分の記録表」も、手に持っていたけど、P先生はチラリと見ようともしなかった。ただ、処方箋をくれただけだった。

主治医のK先生の、

「すごいじゃん! 良くなってきたね〜」
「新しいことできるようになったんだー、でも無理しないでくださいね」

という対応にどれだけ励まされていたか、P先生のおかげで思い知った。私のことを1人の患者として気にかけ、治療を進めてくれるK先生が、どれだけ素晴らしい精神科医だったか、改めて心底しみじみ分かった。

そして私は、診察時間よりはるかに長い、調剤薬局での待ち時間を過ごしながら、病気になるずっと前、仕事で出会ったケーキ屋さんの言葉を思い出していた——。

「ひとつのケーキに、ひとつのシーンがあるんです」

病気になる前の私は広告プランナーをしており、私の事務所に、とある地方で評判のケーキ屋さんのパンフレットを作る仕事が入った。

パンフレットに掲載する、パティシェ兼オーナーのケーキ作りにかける想いをインタビューするため、私はそのケーキ屋さんを訪れ、店舗のバックヤードにある工房で、オーナーから話を聞いていた。

作業台の上には、フルーツや砂糖菓子で美しく彩られた様々なケーキが並んでいて、パティシェ見習いの若い男性が、作業台からケーキを選び、いくつかを傍らのプラスチックの平たい箱に移している。

私はオーナーに質問した。

「あの箱のケーキは配達するんですか?」

するとオーナーは予想外の返事をした。

「いや、あれは売り物にならない商品です。スタッフで分けます」

私は驚いた。食べるのに全然問題ないような、生クリームの角がほんのちょっと崩れてるとか、フルーツが少しゆがんではみ出て配置されてる程度の、言われなければ気づかないようなものだったからだ。

「コレでボツなんですか? ロスが多くなりませんか?」

私が聞くと、オーナーは少し照れたように笑って、次の話をしてくれた。

「つまらない職人の意地だと笑われるかもしれないですけど、ひとつも手は抜けないんですよ。

自分らにとっては数あるたくさんのケーキですけど、お客さんにとっては、大事な特別なケーキなんです。

ひとつひとつのケーキの行く先は、お祝いだったり、大事な人へのプレゼントだったり、自分へのご褒美だったり。

そのシーンを思い浮かべたら、とっておきの1個を渡したいんですよ。

大手メーカーは流れ作業で作るかもしれないけど、流れ作業じゃ出来ない仕事もあって、自分はそれがやりたくて、この店をやってます。

1つのケーキに、それぞれのシーンがあるってことを、ケーキ屋は忘れちゃダメだと思うんですよ」

その言葉を聞いて、私はとても感銘を受けた。良く考えればその通りだけど、そこまでの想いを乗せて仕事が出来る人は、どれくらいいるのだろう。

「1つのケーキに1つのシーン」——パンフレットにはオーナーのその言葉を、かいつまんでメッセージとして載せた。腕前はもちろんだけど、こういう心意気が、地方でもよそから人が来るほどの人気を得ているのだな、とオーナーの言葉が強く印象に残った——。

話を戻すと、精神科医の先生にとっては、タスクをサクサクこなすように、診察もサクサク人数をこなしたほうが、仕事が出来るということなのかもしれない。ビジネスとして考えたら、1人1人の患者に全精力を傾けられないのも、分からないでもない。

でも忘れないで欲しいのは、患者は案件じゃない。

その仕事で取り扱っているのは人の心なのだ。

上のケーキ屋さんが言ったように、「1つのケーキに1つのシーン」と同じように、「1人の患者に1つの心」が宿っているのだ。

先生方にとっては、大勢の患者=山積みの未処理案件かもしれないけど、患者1人1人にはそれぞれ心があって、すがるような思いで診察室へ足を運んでいるのだ。

そんな思いで心の治療を受けに来ているのに、「患者を診る」のではなく「流れ作業的にタスクを処理する」先生は、患者側からすると良い精神科医とは言えない。

そんなわけで私は、最初に言った結論に辿り着く。

患者視点からの良い精神科医とは、

「話をうまく聞き出してくれるかどうか」が必要スキルで、

「患者を人として見ているか」

ということが大前提だ。

上のケーキ屋さんの言葉のように、仕事とは言え、流れ作業に出来てもすべきでない部分はある。

そして、もしあなたがうつ病患者さんで、先生が話を聞いてくれない、という失望感を持ち、調子が良くならず、治療に行き詰まりを感じているなら、主治医の先生を変えるという事を、真剣に考えていいと思う。

今でこそ私は体調も落ち着いているし、主治医の代理の先生なので、その態度をトホホと思うくらいで済んでいるけど、病状がもっと悪かった頃なら、P先生の言動にダメージを受け、絶望感を感じたはずだ。

「患者を診る」ではなく、「タスクを処理する」という態度で診察に臨む先生は、よっぽどのことがない限り変わらない。

毎回、診察のたびに話を聞いてもらえなかった、とガッカリさせられるなら、主治医の先生を変えたほうがいい。人として見てくれるか、話をちゃんと聞いてくれるか、それらは治療の進度に大きく関わることだから。

主治医や病院を変えるとなると大ごとだし、ドクターショッピングと思われないかな……と消極的になるかもしれないけど、きっと相性のいい先生はいるから、諦めずに探してみて。

自分の主治医の先生への信頼感を見失い、治療に行き詰まっているなら、なおさら。

次の先生が、あなたを暗闇から救い出してくれるかもしれないのだから。