例えば突然急に、悪い魔法使いが現われて、あなたに理不尽なことを言ってくる。
「お前から楽しいという感情を奪ったよ、もうお前は何も感じない。ハーッハッハッハッハッハ!」
悪い魔法使いは消え去り、そんな馬鹿な、とあなたは笑おうとするけど、笑えない。顔が引きつるだけで、うまく笑顔が作れない。あなたは焦り、面白いものを見たり、聞いたりするけど、何ひとつ心に響かない。美しいものを見ても美しいと感じない。楽しいものを楽しいと思えない。
何ひとつ、心が動かなくなる。
そんなこと、現実では起こらないよ、とあなたは思うかもしれない。でも、そんなことはないのだ。
うつ病がひどくなると、感情が麻痺する。
うつ病は「心の病」と、アバウトな感じに片づけられがちだが、うつ病は脳に機能不全が起きる、れっきとした身体的な病気だ。簡単に言うと脳が故障するので、心身ともに様々な不具合が発生するのだ。
脳の指令がうまく行き届かないので、心だけでなく、体にもいろんな症状が出る。だるくなったり、めまいが起きたり、力が入らなかったり、痛みが出たり……。
そして脳がうまく働かないので、健康な時には想像もつかない、様々な症状が出る。
その中でも、私が一番怖い思いをしたのは、脳の認知機能の低下による「感情の麻痺」だった。
原因は脳の障害だけど、感情が乏しくなるので、周りからは一見、その人の心に不具合があるかのように見える。でも本当は、脳が故障したことによるものなのだ。
うつ病の症状が一番ひどかった頃、私は感情が麻痺し、恐怖と不安以外の気持ちが、ほとんど分からなくなってしまった。
何かを見て美しいと感じる気持ち、ノリのいい曲に体がリズムを刻む感覚、楽しいものを見て愉快だな、と感じる気持ち、可愛いものを見て癒される、という感情……、他にも限りなくある、細やかな感情、感覚。
これらは、元気な時には当たり前過ぎて、そういう気持ちや感情を持っていることを忘れてしまうほど、自分と一体になったものだが、うつ病になると、それらの気持ちは心から削り取られ、ほとんどゼロに近いくらい少なくなってしまうのだ。
病気になる前、楽しいと思って見ていたテレビが、ただ騒がしいだけで、面白いと思えなくなる。うつ病の私は、笑えない、という自分の変化に薄々気づいているけど、認めたくなくて、チャンネルを変えてしまう。
病気になる前、あんなに面白く読めた小説や漫画の、面白さが全然分からない。面白い本を読んでいたはずなのに、私は怖くなり、本を閉じる。
毎日の暮らしの中にも、ささやかな笑いがたくさんあふれていた私の日常からは、面白いことがすべて消えてしまった。夫や息子とも、ふざけて笑い合うエピソードはなくなり、私の表情からは笑顔が抜け落ちた。
笑う、という感情が分からない――。
人は、不明なものに対すると不安になり、不快になる。症状がひどくなった私は、笑い声に敏感になり、不安感と不快感を抱き、「怖い」と恐怖を覚えた。
ーー笑うって、どうやってやるの?
なーんにも面白いと感じないよ。
世間の人は、何をそんなに笑ってるの? みんな笑うのを止めてよ。何がそんなにおかしいの? 私には分からない。
分からなくて怖い。
笑い声が怖い。
怖い。怖い。怖い。
私は笑えないまま、心が凍ったままで、どうすることも出来ず数年が過ぎた。私が笑い声を怖がるので、賑やかで楽しかった我が家は静まりかえり、笑い声のない家になった。
今、思い出し振り返ると、笑い声の死に絶えた家の、なんという暗さ! それも、その状態がいつまで続くのか分からないのだ。エブリディ通夜状態。私に取り付いたうつ病は、私の家族を巻き添えにして、我が家をすっかり暗い家にしてしまった。
それでも、私は療養とともに、何年もかけて少しずつ感情を取り戻し、少しずつ笑顔を取り戻して来た。
まだ療養中だけど、去年の暮れあたりから、心から笑うことが出来るようになった。笑えるようになってから、うつ病の回復のスピードが、ちょっと加速してきたように感じている。
数年前の、笑うことが出来なかった頃の自分の写真を見ると、私ときたら、まるで能面のような、表情の抜け落ちた顔をしている。そしてすごく老けて見える。今の方が年を重ねているけど、表情があるぶん、前よりも生き生きとして見える。外見的にも笑顔って、かなり重要なんだなぁ、と感じる。
近頃の私は、5年以上かかったけど、ようやく声を出して笑えるようになった。家族とくだらないやりとりをして、クスクス笑う。友人の横水さんと愉快な話で盛り上がり、ゲラゲラ笑う。
クスクスでも、ゲラゲラでも、笑えるって、なんて貴重な感情なんだろう。
また、笑うことが出来るようになった私は、次のステップとして、自分から、ふざけることが出来るようになった。うつ病になったことのない人には、感覚的に分からないかもしれないが、ふざけるって、かなり高度な感情を伴う行為だ。
何かを愉快だと感じるセンサーと、起こった出来事を笑い飛し、ちゃかす気持ち。それらを自発的に面白がる感覚がなければ、ふざけることは出来ないのだ。
今の私は思う。
楽しいって、愉快って、面白いって、なんて素敵! 私はずっと、調子よく、面白おかしく、ふざけて生きて行こう!
日本の風潮では、ふざけている=不謹慎、と思われがちだが、私はもう、あんまり気にしない。失ってみて、笑えることや面白がれることが、どれほど人生において重要だったか、分かったからだ。
愉快な気持ちを持てるのって、本当に幸せだ。これまで何年も出来なかったことが、ようやく出来るようになったんだもの、この幸せを手放さないよう、私はこの先一生、ふざけたお調子者でいようと思う。
それに、だいたいにおいてうつ病なんて、ふざけてないと、とてもじゃないが、やってられない。
うつ病だけど、だからこそ、
笑える人生、バンザイ!なのだ。
笑う門には、福も来るって言うしね♫