私と友人の横水さんの、家庭菜園を始めて埋蔵金を発掘する壮大な作戦。

このところ、重いテーマの記事ばかり書いていたら、

「ブログ拝見しています。松桐谷さんは、とても辛い思いをしてるのに、ツイッターを見ると、気丈に明るく振る舞ってらっしゃるんですね」

といった内容の、優しいメッセージをいただいてしまった。

私のこのブログの記事は、全部自分の中では決着がついて、自分なりの考察や、答えが出せた時点で記事を書いている「処理済み」の案件だ。

なので、今の私は療養中の身でありながら、実はそんなにがんばらず、ぼよよんと生きてるのだが、「気丈に」なんて健気な感じで思っていただけるのは、顔がニヤけるほど大歓迎なので、「いえ、それほどでもないんですよ」とお返事を書いた。

でも、ごめんなさい、私、それほどでもないどころか、気丈なんかじゃなくて、ツイッターでのお調子者の感じが、たぶん、元々の性格なんですよー、アイムソーリー。

さて、懺悔も済んだところで、今日はライトなお話で行く。

今日は格言風の出だしで。

「どんな病気であろうとも、空想することが出来れば、それは救いになる」

ーー松桐谷まこ

この頃の私は、以前の記事で書いたように、質のよい休養を過ごし、
(質の良い休養って何⁉︎の話↓)

うつ病で休養中の方へ。治療に欠かせない、でも手に入れにくい「質の良い休養」について考える。
「ーー今は、すべてを忘れて、おやすみ。 起きたら好きなことだけしていいよ」 もし、「うつ病で休養中」のためのキャッチコピーを...

時には気の向くまま、好きなことにはチャレンジしてみる、といったような感じで、自由気ままに療養中である。

基本は療養なので、起きている時間の半分くらいはゴロンと横になり、iPhoneでネットサーフィンをしている。

ちなみにGoogleで「ネットサーフィン」と入れると、「やめたい」というキーワードが予測提示される。……ということは、ネットサーフィンやめたい人が多いってことなんだなぁ。

依存性がある、時間を無作為に過ごしてしまうなど、あまり良く思われていない風味のネットサーフィンであるが、1日中ほぼ自由時間の私にとっては、思わぬ収穫もあるので、なかなかどうして侮れない遊びなのだ。

考え事をしながら連想して検索しているので、脳のリハビリにもいいような気もする。サーフィンしていたら、ついでに魚が釣れた、みたいな、ネットサーフィン&フィッシングみたいな、愉快なことも時々起きる。

例えばそれは、先日の日曜日のことである。

その日、私はいつものごとく、特に目的があるわけでもなく、地元の歴史についてのサイトをぶらぶらと閲覧していたところ、大変興味深い一文を見つけた。一瞬にして私のハートをわしづかみにした一文がコレ↓である。

「コノ寺ニ、黄金千枚ヲ、埋メル。」

その寺とは、地元の、家の近所の、駅の向こうにある寺だ。すぐそこの寺に、埋蔵金伝説がある、というのだ。

ーーままま、埋、蔵、金、伝説〜〜〜⁉︎

あぁ、なんて刺激的で、ロマンティックな響き! 著名な人々すらも夢中にさせてしまう、「一攫千金」というアドベンチャー。

蛇足だが、私のマイ・フェイバリット映画は、「グーニーズ」と「インディ・ジョーンズ」シリーズである。どれも宝探しの映画ばっかりだ。私ときたら、40代も半ばになるのに、いつまでも夢を忘れない、少年の心を持った、おばちゃんなのである。

私は胸を踊らせ、その埋蔵金伝説について調べて回った。休みで夫が家にいたので、せがんで車を出してもらい、近所の寺にも行ってみた。

アレコレ調べて、顎に手を当て「ふぅん、なるほど」「そういうこと、か……!?」などと言ったりしてみる。一見、夢見がちな中学2年生のようだが、本人としては気分はもう、インディ・ジョーンズ役のハリソン・フォードか、ダン・ブラウンの著作の主人公、ラングドン教授役のトム・ハンクス気取りである。

夫はまた、思い立ったが吉日ウーマンの私に巻き込まれて、休日を潰されてお気の毒、と思ったら、「図書館に行って調べたら?」「石碑に刻まれてるならソースは確かだね」などと意外と協力的だったので、なかなかいいところがあるな、と見直した。

現地調査の後、家に帰ってまたアレコレ検索し、私は確信した。

ーーヤバーイ。

コレ、埋蔵金の場所、分かっちゃったかも。

明日、月曜日になったら、友人の横水さんに相談しよう。私はとびきり楽しい作戦を思いつき、ワクワクして埋蔵金の夢を見ながら眠りについた。

さて月曜日。私は横水さんと、いつも行く近所の喫茶店にいた。テーブルを挟んで向かい合わせに座り、それぞれ飲み物を注文した後、私は横水さんに切り出した。

「ときに横水さん。いつかもう少し年を取って、子供たちの手がすっかり離れたらさ、一緒に畑を買って、あんなふうに、家庭菜園をやろうよ」

私は、喫茶店の窓から見える、近所のおばあちゃんが趣味でやっている、小さな畑を指して言った。この辺りは住宅地で、畑もどんどん宅地に変わっていっている。

横水さんも窓から畑を覗き、

「お、家庭菜園、いいねぇ。私1人だと枯らしちゃうんだよね〜」

「うん、私も1人だと無理、枯らしちゃう。でも2人なら、出来そうかな、楽しそうかなと思って。で、畑に、横水&松桐谷農園、って看板立てよう」

「それは楽しそう。賛成だけど、なんでまた、家庭菜園?」

そこで私は神妙な顔で話し始めた。

「それには深~い因縁と、壮大な作戦があるのよ」

「なになに、聞くよ〜」

「駅の向こうにさ、お寺があるじゃん?」

「あるねぇ」

「あそこねぇ、昔は別の場所にあったんだって」

「えっ? そうなの?」

「うんうん、あのお寺が出来たのは860年くらいって書いてあったから、平安時代初期くらい」

「へぇ〜、あそこ、そんなに由緒あるお寺なんだね」

「そこから、時代は300年ほど進んで平安時代末期、源平合戦の頃の話なんだけど、あのお寺にまつわる、悲しいお話があるんだよ」

「どんな?」

「奥州に、今の東北地方ね、兄弟の武将がいました。この兄弟は、源平合戦では源側に付いてたの」

「はい」

「源平合戦はクライマックスに入り、戦火はいよいよ激しくなって参りました!」

「はいはい」

「ところが兄弟は、かの有名な壇ノ浦の戦いで、平家滅亡の野望を前に、相次いで死亡」

「まぁ」

「で、それを知らない兄弟のお母さんが、息子達の安否を心配して、奥州から壇ノ浦へ、東北から、山口県に向かうんだよね。でも旅程のちょうど真ん中くらいの尾張、ここらへんでね、前は別の場所にあった、あの駅の向こうの寺に立ち寄って、そこで調子悪くなってダウンしちゃうんだよね」

「そうなんだ」

「で、ダウンしてるところに兄弟戦死のお知らせが」

「気の毒だね」

「息子達の戦死を知って、嘆き悲しんだお母さんは、奥州から仏像を取り寄せ、兄弟の石塔も作って弔ったんだって」

「ふーん。それで、それで?」

「また時は200年ほど流れて1400年頃、あのお寺は廃れちゃったんだけど、えらい和尚さんが、あのお寺を今の場所に移築、再建しました。ここからが、面白いとこ」

「なに、なに?」

「移築した後、ずいぶん経ってから発見されたらしいんだけど、兄弟のお母さんが、奥州から取り寄せた仏像の台座に、書き付けが貼ってあったんだって」

「なんて?」

「兄弟を永代に渡って弔ってもらえるよう、このお寺が荒廃しないよう、黄金千枚を埋める、って」

「埋蔵金⁉︎」

「そうよ! 日曜日にそのお寺に行ってきたけど、お母さんと兄弟の、古い石の仏塔が3つあったよ。埋蔵金の話も、お寺の石碑に書いてあったよ」

横水さんの顔に、楽しそうな表情が浮かんだ。ここにも、夢を忘れない、少年の心を持ったおばちゃんがもう1人。私は話を続ける。

「で、その書き付けが見つかった頃には、もう元のお寺が経ってた場所がどこだか、分からなくなってたんだって。前のお寺は、今のお寺から南に1キロくらいの場所にあった、って話が伝わってるだけ」

「南に1キロかぁ」

「で、大通りの向こうに、消防署があるじゃん?」

「あのへんなの?」

「あのあたりが、怪しいって言われてて、昭和の中頃まで、掘り返されてたらしいよ。なんでもね、あのあたりを掘ったら死ぬ、って言い伝えがあったらしくて、余計に」

「そんなの、ひっかけに決まってる! 掘ったらダメなんて場所に埋めるわけないじゃん!」

「だよねー。掘ったらダメなんて言ったら掘るに違いないんだから、それはトラップだよねー。だからあそこは違うんだよ。それにもう消防署が建ってるしね。そして微妙に東にズレてるから、正確な南じゃない」

「ねぇ、こうやって話をしてきたってことは、もう見当ついてるんだよね」

「うん」

私と横水さんはニヤニヤした。私は話を続ける。

「掘り返されてた昭和の中頃までには無くて、今はあるもの。それは、、、」

「それは、、、?」

「googleマップ!」

「おー、googleマップ!」

「それで調べると、現在のお寺の位置から、ぴったり南に1キロはどこかと言いますと」

「どこ、どこ?」

私はもったいぶって間を置き、うやうやしく発表した。

「ここ!」

「ここ!?」

「そうなの、この喫茶店の建ってる、このブロック。この辺りなの」

「そうなの〜⁉︎」

「だからね、たぶん、建物が建てられてるとこは基礎工事があるから、あればもう見つかってると思うんだ」

「そうだね、じゃ、畑?」

私と横水さんは、窓の外をのぞいて、おばあちゃんの畑を見る。

「あそこに見える、この喫茶店の隣の畑が、可能性としてはもっとも高い。それが私の導き出した答えなのだ」

「なんと! 私達は毎日、お宝を目の前にお茶を飲んでるわけか。夢があるねぇ」

「だよねー。それでさ、私達が埋蔵金を見つけるとしたら、テレビでやるみたいに、シャベルカー&ブルドーザーのチームで大掛かりに行くぜ行くぜ! みたいなのは、ちょっと違うと思わない?」

「分かりました、それで家庭菜園なわけね」

「そう、風が吹けば桶屋がもうかるシステムで、いつか、あの畑を買って、のんびり家庭菜園をやる。そして、そうね、すぐだと面白くないから、3~4年くらい経って、家庭菜園もなかなか板に付いてきた頃」

「頃〜」

「私か横水さんのふるったクワが、カチンと!」

「クワがカチンと、埋蔵金の入ったカメかなんかに当たるわけね!」

「そうよ!」

「楽しいねぇ」

私たちは笑い合った。私は横水さんに尋ねる。

「話の流れ的には、見つけた埋蔵金は、お母さんの願い通り、お寺に返したほうがいいよねぇ?」

「そうだね、そのほうがいいよねぇ」

「でも、1枚ずつくらいなら、もらってもよくない? 記念に」

「そうだねぇ、いいんじゃない? 記念に」

「新聞社とかも取材に来るかもよ、名古屋の主婦ら、お手柄!とか見出しがついて、私と横水さん、新聞とかヤフーニュースに載っちゃうかもよ」

「軍手をはめた手で、小判を顔の前で広げて持ったポーズでね」

(イメージ図↓)

「うわー、夢があるねぇ」

「夢があるねぇ」

私達はその作戦に大笑いし、そして話題は、家庭菜園では何を植えるか、作物の収穫の時は、両方の家族も集めて畑でバーベキューしよう、と盛り上がっていった。埋蔵金をコッソリ狙うだけでなく、家庭菜園もキッチリ楽しむのだ。

そう言いながら、今のところ私達に畑を買う予算は無いし、この先、埋蔵金が見つけられるかどうかは、神のみぞ知る、だ。

もしかすると、今、畑をやっているおばあちゃんが先に発見してしまうかもしれない。

もしかしたら、実は私達のよく行く喫茶店の駐車場の下にあり、ひっそりと眠っていて、このまま眠り続けていくのかもしれない。

また、もしかすると偉い大学の先生とかが、もっと科学的にちゃんと研究し、発見するかもしれない。

また、ひょっとすると埋蔵金伝説自体が、後世、例えば江戸時代くらいに洒落っ気で作られたファンタジーなのかもしれない。

しかし、どのケースであっても、それはそれで楽しい。

どちらにせよ、この身近な埋蔵金伝説は、既に私達に、楽しい時間を、夢を与えてくれたのだ。

ーー夢は、実現出来る人しか見てはいけないものではない。時に夢は、心に楽しみや、ゆとりを与えてくれる。

夢は、救いにもなるのだ。

私は病んだ体だけど、空想の羽根を広げて、空想の中くらいはワイドに飛んで行きたいなぁ、と思っている。