星に願いを。当たり前の感情で過ごせる、当たり前の日の素晴らしさ。

うつ病6年目の近頃の私は、体調の良い日6割、悪い日4割くらいの状態で日々を過ごしている。

今年の初めには、良い日と悪い日の割合が反対だったし、去年は良い日が数えるほどしかなかったことを思うと、今年になってからの私は、急にずいぶん回復してきている。療養6年目にして、初めて「回復を実感」している。

最悪だった2013年頃から去年までは、回復がハッキリ分からなかったので、とても辛く、苦しいだけの時間に感じていた。

でも、今は体調の良い日が多いので、本当にありがたく、幸せに思っている。普通の当たり前の日が、こんなに尊く、大切なものだなんて、病気になるまで少しも思うことがなかった。

だからと言って、うつ病になってよかった、なんてことは、人間が出来ていない私は「絶対」思わないのだが、普通の当たり前の日が、どれほどありがたいのかは、うつ病にならなければ分からなかった。

カーテンを開けて日差しが眩しい。天気が良くて幸せ。そんなこと、病気になる前は当たり前過ぎて、気にも留めなかった。

家族が元気でいること。健康でいてくれることのありがたみ。そんなことも、自分が病気になる前は当たり前過ぎて、なんとも思わなかった。

食べるものが美味しい。味覚が正常であることの大切さ。美味しいものを食べたら美味しいと思えるし、マズイものには、マズイ〜と言える。うつ病になって、味も分からず、ただ生命維持のために食べていた頃から考えると、それがどんなに素晴らしいことなのかを思い知る。

そして笑えること。何かを面白いと思えること。家族や友人と、ゲラゲラ笑えることの素晴らしさ。笑えない時間を長く過ごした私にとっては、笑うという行為は、とんでもなくハードルが高かった。それが、今は、面白いことがあれば自然と笑みがこぼれる。くだらないことで笑えるって、なんて幸せなことなんだろう。

病気になる前は気づかなかった、当たり前の幸せの数々。今の私はまだ調子の悪い日もあり、その幸せを持てない日もあるので、余計にそのありがたみを痛感する。

病状が悪かった頃、私の世界はマンションとベランダだけだった。なんの感情も持てず、脳の認知機能が落ちて頭が悪くなった私は、ベランダに出て夜空を見上げた。

お向かいのマンションは、上部が階段状の作りになっていて、その階段の一番上から斜め45度の位置に、ひときわ明るい星が光っていた。

私はその星に何度も願った。

「この苦しみから救って…」

これまで6年間で、何度その星に願ったか分からない。わらをも掴む思いで星に願い、雨や曇りで星が出ていないと私はガッカリし、願いは届かないのだと思った。

星が出ていれば、私はまた繰り返し願った。月日が経過するうち、星への願いは、救済の祈りから、「今日は外出できた」「本が読めた」という報告へと少しずつ変わって行き、時には息子の大学受験合格の祈りになったり、病気の疑いのあった友人の横水さんの健康を願ったりするものになった。息子も合格したし、横水さんは病気じゃなかったし、私はますますその星を尊敬し、報告し、その時々の思いを願った。

そして今は、こう願っている。

「普通の日々が続きますように」

星は6年かかったけど、だいたい願いを叶えてくれ、私は今のところ、まぁまぁの日々を過ごせている。

そんなある日の夜、夫が私に聞いた。

「コンビニ行く?」

私は喜び、2人でコンビニに行くことになった。散歩がてらコンビニに行くなんて、以前なら考えられなかった行為だ。私はごく普通の日常、という幸せを噛み締めながら、コンビニで買ってもらったお菓子の入った袋を下げて歩く。気持ちは穏やかで、苦しくない。これだけのことが、こんなにありがたいなんて。ありがたくて、ちょっとホロリと来る。

マンションを見上げると、いつもの場所に、あの星が光っていた。私は夫に聞いた。

「ねぇ、あの向かいのマンションの上に見える星あるじゃん? あの星、なんて名前?」

6年もお世話になっていながら、名前も知らないなんて、と、ふと思ったのだ。

夫はiPhoneの星座を見るアプリで、星の名前を調べ、教えてくれた。

「ええっとね…、スピカっていう星らしいよ」

「へー、スピカっていうのかぁ」

ースピカなんてカッコイイ名前があったんだね。ありがとう、スピカ。私をずーっと見守ってくれて。

私は心の中でスピカに感謝した。

「なんで、あの星の名前が知りたかったの?」

夫が聞くので、私は6年間、ずーっとあの星に願っていたことを話した。私の救済の祈りも、その他諸々の願いも、日々の活動報告も、全部、全部、あの星が聞いてくれたこと。

「だから、スピカはね、私を見守ってくれてるんだよ」

誰にも言ってなかった秘密を得意そうな顔で話す私に、夫がちょっと困ったような笑顔で言った。

「まこ、小学生の時に習ったと思うけどさ、

星って動くんだよ。季節によっても出て来る星は違うし。

だから、まこの願いを聞いてくれてたのは、あの星だけじゃないと思うよ」

「あっ」

ー言われてみれば、その通りである。でもこれまで、これっぽっちもそこには思い至らなかった。
ってことは…

「じゃぁ私、赤の他人(星)に祈ってたってこと!?」

「うん、そういう時もあったはずだね。っていうか、どれが本人か分からないよね」

ーなんと。ずーっと、あの場所に光ってるのは、同じ星だと思い込んでいた。そうか、通りで微妙に位置や光量が違うと思ったわ。

「でも、いいわ。これからもあの場所に来る星が、私の星で、名前はスピカってことにする。私には区別つかないし」

「いいんじゃない。向こうは人違いです、って思ってるかもしれないけどね」

私達は笑いながら家に帰った。当たり前のささやかな幸せを感じながら。

きっと、これからも私の星は、私のささやかな日々を、あの場所から見守ってくれるはず。