うつ病になったら、ほぼ口がきけなくなった。講演会からインターホンに出られなくなるまで。

今日は、うつ病になる前はガンガンに喋れていたのに、うつ病になったら、ほとんど口がきけなくなった、という話をするんであるが、その前に。

常々、「口がきけない」という言い方はおかしいなと、聞くのは耳であって、口はそもそも聞こえる器官じゃないのに、と思っていたんであるが、この記事を書くために改めて調べてみたら、

❌口を聞く

⭕️口を利く…ものを言う、話す、の意。

なんですって。ご存知だった?

私は知らなかった。不惑オーバーでも知らないことは、まだまだたくさんあるなぁ。何事でも知ろうとする気持ちを、調べようとする心を忘れずにいようと思った次第である。

さて、前置きも済んだので、本題の「うつ病になる前はガンガンに喋れていたのに、うつ病でほぼ口がきけなくなった話」を始めることにする。

6年前の秋、広告プランナーの私は、某国際展示場のセミナールームで、聴講者の皆さんの前でマイクを握っていた。

私の後ろにはパワーポイントで作った資料が大きなスクリーンに映し出され、私の頭上には、講演タイトルと私の名前の入った横断幕パネルが掲げられている。

会場は満席で、後ろの方には立ち見の聴講者さんもいる。演台に立つ私は、レーザーポインターでスクリーンを指し示し、会場を見渡しながら話を進めていく。

私は、広告プランナーとして、「伝えることの大切さ」「伝わる伝え方」を熱を込めて語る。

講演の話し始めには毎回緊張感があるけど、序盤を過ぎれば緊張も解けて、話に熱が入ってくる。普段から、幾度となく話している内容だから、言いよどむこともなく、言葉はスラスラ出る。

「…広告、販売促進とは、相手に伝えることが出来なければ、どれだけ費用をかけても何の意味もないんです。

そして伝える、とは、公私問わず、相手を想う気持ちがなければ、難しいんです。

もし、あなたが、誰かに感謝や好意を持っていたとしても、伝えることをせず、相手がそれに気づかなければ、その気持ちは、“存在しないのと同じこと”なんですよ」

聴講者さんの一番後ろで、私のマネージャーのめぐみちゃんが、手のひらをパーにして腕を上げる。残り5分。今日のめぐみちゃんの仕事はタイムキーパーだ。私はめぐみちゃんに小さくうなずいて、講演のテーマをまとめにかかる。

「相手を想うのに、何よりも大切なのは想像力です。

今、私が2時間かけてお話しした話は、もういっそのこと全部忘れてもらってもかまわないので、

想像力の大切さと、そこに相手がいる、ということ、この2つだけ忘れないで。

これだけ心に焼き付けていただけたら、それだけで充分です。最後まで聴いてくださって、ありがとうございました。皆さんのご商売がうまくいくことを願っています。

心を込めて」

私は演台にマイクとレーザーポインターを置き、お辞儀をする。これで講演は完了。毎回、この瞬間は胸がトキンとする。私の伝えたかったことはちゃんと伝わったかしら。

頭を上げると一瞬の間の後、会場全体から大きな拍手が起こり、私は体温が上昇する。

ーよかったぁ、これで少しでも気持ちをうまく伝えられる人が増えて、笑顔になる人が増えたらいいなぁ。

私はそう考えながら壇上から降りる。

講演の仕事は、ライブ感がある。「伝える」をテーマに講演をする以上、その話が伝わらないのでは本末転倒だ。2時間に渡る長丁場を、聴講者さんが眠くならないよう、話に惹きつけて伝えたいことを受け取ってもらう。最後に納得した、理解した、という合図の拍手をもらうために、工夫を凝らして喋る。

たくさんの聴講者の皆さんが、講師の私と名刺交換をしようと列を作る。私は初対面のたくさんの人達と、名刺と一緒に挨拶を交わし、にこやかに会話する。

病前の私は、人前に出ることも、話すことも苦にはならなかったし、何よりも、たくさんの人に自分の持っているノウハウをシェアして、みんなが笑顔になることが、私の仕事の意義だと思っていたので、依頼があれば喜んで講演活動を行なっていた。

講演以外でも、広告プランナーは、「人前で話す」行為の比重が高い仕事だ。広告の企画のプレゼンテーションや、企画会議などなど、人前で話すシーンは、日々繰り返し出てくる。

そのように、「人前で話すこと」は私にとってごく当たり前であり、それで仕事を回していたのだったが、そんな私が一切話せなくなる日々がやってきた。私はうつ病を発症してしまったのだ。

メンタルクリニックの初診で、「重症のうつ病」と告げられた私は、最後のチカラを振り絞って関係各位に休業する旨を連絡をした。途中からそれすらも出来なくなり、後の残務処理をマネージャーのめぐみちゃんに任せ、休養に入った。

そのとたんに私はスイッチが切れ、電源が落ちた。

しかし、私は再起動しなかった。脳がフリーズして上手く再起動できないのだ。脳が故障中だから、言葉も上手く繋げない。

家族に対してすら「怖い」「いや」「うん」以外、話せなくなった。不安を感じる以外の感情が湧かないし、頭が回らないので、単語しか話せない。

「いや」が「いやあぁぁぁ!」になることはあっても、何がどういやなのか、を伝えることが出来ないのだ。

病院に行っても、

「あ、あ、あの、わ、わ、私、

く、く、苦し、くて、

ああ、あの、あ、え、と、

こ、こ、怖く、て」

程度しか話せないので、自分の状態を上手く伝えられず、スムーズに治療も進まない。しかも、どもるようになってしまった。

治療を続けるうち、半年ほどで脳のフリーズ状態は解除されたが、それでも稼働率は10%程度だ。相変わらずうまく話せない。

今考えるに、話せなくなった原因は、うつ病による脳の認知機能低下と、そこから発生する対人恐怖の、ダブルの効果によるものだと思う。

でも、その頃の私は、話せなくなった理由などには思いが至らず、ひどく困惑し、戸惑った。家族と友人の横水さんだけとしか、それも最小限の会話しか話せなかった。

そんな状態なので、知らない人と話すのはリスクが高過ぎる。ただでさえ頭が悪くなっているところに、緊張感が加わると、しどろもどろになってしまうのだ。

そうなってしまうと、ひどく惨めな気持ちになり、余計にうつの状態もひどくなるので、私は人と話すことを極力避けるようになった。

インターホン越しの会話すら、思うように出来ない。チャイムが鳴り、インターホンを取ると、受話器の向こうで女性が、

「あなたの幸せを祈らせてください、神の御心についてお話がしたいので、ドアを開けてもらえませんか」

と言う。

私は、心底思った。

ー祈って私の病気が治るんなら、治してみせてよ。御心とやらで、この苦しみを取り除いてよ。

その頃の私は、この世には神も仏もいないじゃん、と思ってる、無神論シーズンでもあったので、言い負かしてやりたいような、イジワルな気持ちもある。

しかし、私は返す言葉を持っていない。何から言葉を発すればいいのかも分からない。私はひどく疲れて、何も言わず、黙ってインターホンを切る。

プレゼンで、何人もの人の前で話していたことが嘘のようだ。初対面の人と談笑したり、100人とか、200人の前で講演していたなんて、もしかしてアレ幻覚だったんじゃないの?と思えるほどの落差。

私は言葉を失い、伝えるすべを失った。伝えることの大切さを説いていたのに、伝えることが出来なくなるなんて。

他のどの病気にされるよりも、私にとっては皮肉過ぎる。

私は自己嫌悪に陥り、そして嘆く。いつまで続くか分からないこの苦境に終わりは来るのか、と悩むが、その苦しみさえ、上手く伝えることが出来ない。

そのように悩み苦しみ、いろんな葛藤がありながらも、数年に渡る治療を続けたことで、私の脳はただいま体感で70%くらいまで回復してきた。

今もまだ、うつ病の完全な終わりは見えてこないけど、脳の機能の復旧とともに、話すことが徐々に出来るようになってきた。

今では、宅配便のお兄さんに「ごくろうさまです」も言えるし、コンビニのお姉さんに「ありがとう」も言える。

宗教の勧誘のおばさんには「間に合ってまーす」って言えるし、道行く小学生の団体さんに「こんにちは〜」と言われたら「こんにちは〜」と挨拶もできる。

普通の会話は、家族と、友人の横水さんとなら、病前とあんまり変わらず出来るようになった。今のところ、それで事足りているので問題ない。

時々、家族と横水さん以外の人と話すと、まだ言葉がつかえ、どもることがある。そして私は、私にとってこの人は、気を使わねばならない相手なんだなー、と気がつく。なので、そういう人達と会う時期はもっと先にしよう、と思えるので、ちょうどいいバロメーターになっている。

この調子で、少しずつでいいので、前のように話せるようになっていくと本当にありがたいなぁ、と思っている。

…が、私は諸般の事情のなりゆきにより、ノーベル賞を目指すことになったので、
(諸般の事情のなりゆきはコチラ↓)

近頃の私は、波はあるものの、だいたい中の下くらいの気分をギリギリでキープしている。が、いつうつ状態にガクンと落ちるか分からない。 明日...

受賞式までには、スラスラとカッコイイ、気の利いたスピーチが(しかも英語で)出来るようになってるといいな、と密かに、大いなる野望も抱いている。

そして、華やかな授賞式で、海外の有名人がスピーチの前置きで言うみたいに、冒頭であのセリフを言うのだ。

「私を支えてくれた夫に、友人に、まず感謝を。

私を支えてくださった皆様に、最大の感謝を。

愛を込めて。ありがとう、ありがとう」

それまでには痩せて、スレンダー・バディになって、背中のバックリ開いたタイトな黒のドレスを着ちゃったりなんかして、盾を抱きながら、精いっぱい気取ってスピーチしようと思う。