散歩の仕方が分からない。散歩、それは「今」を探す旅のはじまり。

去年の秋から私は、うつ病の治療と並行して認知行動療法を受けている。

認知行動療法は主治医のK先生ではなく、臨床心理士のF先生が担当してくれている。

「臨床心理士と面談する」と聞いた私は、自分の心がダメであると否定されたような気がして、とても抵抗感があったのだが、実際に受けてみると全然イメージと違い、とても興味深いものだった。

認知行動療法とは、臨床心理士の先生が物事の考え方や受け取り方のヒントをくれて、それによって気持ちが楽になったり、行動を自分でコントロールしたり出来るようになる治療方法だ。(←私の認識)

初めての面談で、臨床心理士のF先生は、これまでの私の状態をいろいろな角度から質問し、丁寧なヒアリングをしてくれた。面談時間は1時間弱で、そろそろ終わるかな、という頃、F先生は、

「松桐谷さん、散歩に行ってみてください」

と言った。

その日の面談はそれで終わり、私は家に帰った。

ー散歩かぁ…、行こうかなぁ、行きたくないなぁ。

私はぐずぐずと散歩に行かずに日々を過ごし、次の面談の日が来てしまった。

「先生、私、散歩に行こうと思ったんですが、行けませんでした」

そう言うと先生は、ニコニコ笑いながら、

「あぁ、そうですか。松桐谷さんの、散歩に行こう、という行動をジャマしているハードルは何だと思いますか?」

と聞くので、私はうーんと考え込み、

「…たぶん、面倒くさいんです。散歩をする意味が分かりません」

「じゃ、歩きながら周りを見るとか、何かに注目して歩いてみてください」

私は家に帰り、翌日、家の周辺をぐるりと一回りしてみた。初めての散歩には行けたものの、

ー何コレ、全然、面白くない。

私は病気になる前も、散歩などしたことがなかった。散歩の仕方がよく分からないのだ。

とりあえず辞書を引いてみると、

さんぽ【散歩】
気晴らしや健康などのために、ぶらぶら歩くこと。

と書いてある。散歩における「ぶらぶら」の意味が分からないので、また辞書を引くと、

ぶらぶら【ぶらぶら】
あてもなくのんびり歩きまわるさま。「近所をぶらぶら(と)散歩する」

と、逆戻りの説明が書いてある。ぶらぶら=散歩、ということは分かったが、結局やり方が分からない。

ーそういえばF先生は、何かに注目してみたら、と言っていた。じゃ明日はテーマを決めて歩き回ってみよう。

翌日、私は今日の散歩のテーマは「いろんな家の玄関ドアを見る」と決め、家の周辺を歩き回った。

ーやっぱり全然、面白くない。

次の面談で、散歩にはとりあえず行けたこと、玄関ドアを見て回ったことをF先生に報告した。

「散歩に行けたんですね、素晴らしい。それで玄関ドアは、どんな感じでしたか?」

と先生は褒めてくれ、そう聞くので、

「豪華な邸宅なのに、そっけないドアが付いていて、そこもお金かければいいのに、とか、デザイナーズハウスみたいにスタイリッシュな家なのに、ドアだけ木製のカントリー風で、そこは奥さんが譲らなかったのかな、とか、いろいろ思いました」

と答えた。すると先生は言う。

「ほぅ、なるほど。じゃぁ、散歩続けてくださいね」

私は、でも全然、面白くないんだよなー、と思いながら帰った。

ー散歩って難しいな。ツイッターを見ると、みんな散歩に行っている。どうやったら楽しく散歩に行けるんだろう?

私は悩み、次の瞬間ひらめいた。

ー調べても分からなければ、知ってる人に聞けばいいんだ!

私はツイッターに投稿してみることにした。これは2017年1月26日の私の投稿だ。

「認知行動療法の先生に、散歩を勧められたのですが、散歩の仕方が分からないのです。ぶらぶらする、というのがよく分からず、戸惑いながら家の近所をトボトボ歩いて帰ってきています。お散歩を楽しむコツがあったら、ぜひ教えてください」

今読むと、散歩に対してへこたれている様子が見て取れる。

するとツイッターの優しいフォロワーさん達から、ステキなアドバイスが届いた。

「散歩することで体が温まるのを体感してみる」

「空を見上げるといい、顔が上を向くし」

「考えごとをしながら歩く」

「線路沿いに歩いて電車に乗って帰ってくる」

「景色のよいところを探しに行く」

「星空を見る」

「音楽を聴きながら歩く」

「散歩出来たら甘いものとか、自分にご褒美をあげる」

…なるほどー。

どれもこれも、良さげな感じだ。これなら私も散歩が楽しめそう。フォロワーの皆さん、本当にありがとう。

私は全部手帳にメモし、ちょっとずつ実践してみようと思った。

翌日は曇り空だったが、私は初めて意欲的に散歩に行った。iPhoneで「上を向いて歩こう」をループして聴きながら、曇り空をながめて、歌詞に自分の身の上を重ねてホロリと来たりしながら、ぶらぶらと歩いた。そして帰り道に甘いお菓子を買って、自分にご褒美もあげた。

ー散歩って、楽しいな。

生まれて初めて、そう感じた散歩だった。

次の面談で私は、F先生に意気揚々とツイッターの皆さんに教えてもらったアドバイスを話し、散歩が楽しかったことを報告した。

F先生が、

「フォロワーの皆さん、スゴいですね〜」

と感心してくれるので、私もうれしくなり、

「そうなんです。実践的なアドバイスだったから、散歩の仕方が分かるようになりました」

と答えた。先生は、

「これからも散歩、続けられそうですね。続けてくださいね」

といい、私は了解の返事をした。

そんなわけで、今年の最初には散歩の仕方が分からなかった私だが、1ヶ月ほど経った今は、楽しんで行けるようになった。サボる日もあるが、気にしない。行ける時に気ままに散歩するのだ。私は散歩の素人だけど、たぶん、散歩ってそういうものだと思う。

先日も面談があり、一番最初の時にどうして散歩を勧めたのかをF先生に聞いてみたら、

「散歩は、意欲を取り戻すために役立つんですよ。まぁ、これは教科書通りの答えなんですけどね。

僕は、散歩をするという行為で、今、そこにあるものを意識する、ということが大事だと思うんです。

過去のことに囚われたり、未来のことを心配するのではなく、今、を感じられる行為が散歩なんですよ」

と、いつもの笑顔で答えてくれた。

今、そこにあるものを意識すること。

…深い。

散歩ってスゴイな。前は面倒だったけど、見直したよ、散歩。

そして私はまた明日もたぶん散歩に出かける。
そこにある「今」を探しに。

なんてね。