うつ病になったら「音」が怖くなった。この世のすべての音を消してしまいたい。そこからのNo life, No music.

「その音、消して! 今すぐ消して!」

ーこの世のすべての音を消してしまいたい。

うつ病になった私は、物音に敏感になり、音に恐怖感を感じるようになった。

世界は、いろんな音で溢れている。誰かの話し声、お店で流れるBGM、信号機の音、踏切の音、クルマの走る音。それらは私の耳を通して頭の中に入ってくる時に、恐怖の警告音に変換される。

怯える私は外出を控え、家に閉じこもる。

それでも家も無音ではない。

家族が見ているテレビの音が怖い。バラエティ番組の笑い声が苦しい。音楽番組から流れてくるメロディが辛い。

「お願い、テレビ消して!」

私は家族に叫ぶ。我が家はほぼ無音状態となり、私は恐怖と不安に苛まれながら、息を潜めて過ごす。

音恐怖症はうつ状態とともに、どんどん悪化していき、家電が立てる「ピッ」という電子音にさえ、身体がビクッと反応する。

インターホンも怖い。静まりかえった部屋にインターホンの音が鳴り響き、私はふとんの中で身体をギュッと縮める。

ドンドンドンと玄関のドアを叩く音がして、

「松桐谷さーん、宅配便ですー、松桐谷さーん、いらっしゃいませんかー」

宅配便のお兄さんが呼び掛ける声がする。私は生きた心地もせず、ふとんにもぐってお兄さんが諦めてくれるのを待つ。

ーお兄さん、再配達させることになってごめんなさい。だから、今はもう帰ってください、ごめんなさい、ごめんなさい。

そんな状態だから、iPhoneにさえ触れなくなってしまった。着信音だけでなく、バイブレーションにしていてもその振動音が怖いので、発病してから1年以上、私のiPhoneに電源が入ることはなかった。

無音状態で過ごす生活は長く、2年以上も続いた。

うつ病になる前の私は陽気だったので、いつも何かのメロディを口ずさんでいた。でも、うつ病は私から歌を奪っていった。うつで横たわった私は、歌うことなんて思いもよらなかった。

人の思い出の中には、何かしらのメロディが流れている。だから人は、何かの曲を聴くとその頃のことを思い出す。しかし、この頃の私の記憶は無音だ。BGMが一切無い時間。

それでも療養を続けていくうちに、少しずつ私は音を取り戻していった。家電の音は大丈夫。テレビもNHKのニュースなら、小さい音にすれば大丈夫。バラエティ番組は、今はまだ大きな笑い声が辛いのでそんなには見れないけど、家族に消してくれと頼むほどではなくなってきた。お店で静かに流れるBGMも大丈夫。インターホンも平気。宅配便のお兄さんに、ありがとうも言える。

そして、音楽も聴けるようになってきた。最初は優しいボサノバの辺りから、徐々にポップなもの、と段階を踏んで、今はどんな音楽でも大丈夫になった。

そして今年の始め。ある朝、顔を洗って歯磨きを済ませて、着替えに行こうとして、ふと、自分が口ずさんでいることに気がつき、立ち止まった。

ーあ、私、歌ってる!

それは、回復の証であり、私自身が音楽を取り戻した瞬間だった。ずっと歌を忘れたカナリヤだったのに、私は今、歌ってる。

私はうれしくなり、私1人きりの家で、口ずさんだ歌を大きな声で歌い直した。発病から5年と9ヶ月の年月が経っていた。

歌を歌える喜び、それは本当にステキなことだ。下手でもなんでも、歌えるってことが本当に幸せ。

無音状態の前の人生が、さまざまな歌で彩られていたように、これからの私も、うつではあるけど、音楽とともに生きて行こうと思う。

やっぱり、誰かが言ったように、No life, No music. なのだ。

…ちなみにその時、私が口ずさんだ歌は、80年代のCMの「♪ふっくらつやつや〜パールライス〜」だった。

しかも家族に指摘されるまで、間違えて「♪ふっくらしましま〜パールライス〜」と歌っていた。

でも、このエピソードを人に話す時は、なんかもっとこう、カッコイイ曲だったことにしようと思っている。

↓パールライスCM