私は「ながら作業」が出来ない。料理〜それはかなりハイレベルな知的ワーク。

「今日のメインは新鮮な真鯛のソテー。ベシャメルソースを添えて♪ シャンパン風味の日本酒をいただいたので、一緒に♡」

「今夜はロールキャベツを作りました。デミグラスソースでコトコト煮込んで、い〜い香り♡ やっぱりワインは赤かな。いただきまーす♪」

↑いきなり出だしから、この痛い文章は何かと言うと、何を隠そう、病気になる前の私のSNSへの投稿である。

今見ると、行間からリア充アピールが溢れ出している。

「だって私のライフスタイル、いつもこんなだよー?」

という心の声が、隣にいるのにメガホンで叫んでくる勢いで、わんわんと響いてくるよね。無意識だからこそタチが悪いよね。

そんな「お料理上手のステキな私☆」は、うつ病によって木っ端微塵にされた。

うつ病は心の病のようで、脳が機能不全を起こすので、認知機能が落ちる。身もフタもない言い方をすると、「頭が悪くなる」のだ。

これはうつ病患者さんにとって、深刻なダメージを与える。ただでさえ、不安と恐怖に苛まれる状態なのに、いろんなことが分からなくなるのだ。

それによって、普通の人間が持っていて当然のプライドが、粉々に打ち砕かれる。打ちのめされる。前は当たり前に出来ていたことが、今はできない。これは本当に苦しく、悔しく、切ない。

私の頭はうつ病でフリーズし、療養によって少しずつ復旧してきたが、ただいま回復度が、体感で68パーセントくらい。

そんな今の私は「ながら作業」が出来ないのだ。

何かをしながら別のことを同時にやる、ということが出来ない。電話しながらテレビを見るとか、パソコンを触りながら音楽を聴くとか、前は両立出来ていたことが、それぞれひとつずつしか出来ないのだ。

音楽を聴くなら、ジーッと聴くだけ。電話をするなら、話すだけ。テレビを見るならテレビだけ。

「ながら作業」という行為は、脳のメモリを何倍も使う。どうも私の脳はまだ、そこまで復旧してはいないらしい。

だから私は家事が出来ない。脳が故障して初めて気がついたが、家事とは、ながら作業の連続だ。

世の中の主婦の皆さんは、頭の中でさまざまな情報や段取りを猛スピードで処理しながら、家庭を維持しているのだ。

ビジネスマンの言う、マルチタスクなんて目じゃないくらい、主婦の皆さんはスーパー・マルチタスクで働いているのだ。

その最たるものが、「料理」である。料理は「ながら作業」をいくつも並行して行う、思考能力と脳の処理速度が問われる行為だ。

メニューを考え、段取りを考え、準備をはじめる。ご飯を炊き、味噌汁の出汁を取りながら、副菜の冷たいオカズを先に作り始め、それと並行してメインのオカズの下ごしらえ。

副菜の冷たいオカズを冷蔵庫に入れながら、味噌汁の具を切ったりして鍋に入れ、メインのオカズを仕上げにかかり、あ、明日のお弁当の分も考えて多めに作っておこう、と材料を足し、味噌汁に味噌を溶き、メインのオカズを仕上げ、フィニッシュ。

いろんな作業を並行して行いながら、「ごはん、出来たよー」の瞬間までに、炊きたてごはん、副菜の冷たいオカズ、メインディッシュは出来立てで暖かく、味噌汁もアツアツ、が全部一緒にゴールできるようにしなくてはならないのだ。

難易度、高過ぎるよ。

うつ病で頭が弱った私には、ハードルが高過ぎて、よく見えないよーって言うくらい、ハードルが高い。

そのくらい大変なことを主婦の皆さんはこなしているので、世の中のダンナさんは、奥さんのことをもっと尊敬してもいいと思うな(主夫なら逆ね)。

料理が作れなくなった私は、認知行動療法でお世話になっているF先生に、料理が出来ないことと、どこから手を付けたらいいのか分からないことを相談してみる。

F先生は、

「松桐谷さんは、好奇心旺盛な方だとお見受けするので、まずは興味を持つようなキッカケを作ってみたらどうでしょう?

お料理のホームページを見るとか、お料理の雑誌を見るとか」

「クックパッドとかですか?」

「そう、クックパッドとかです。いろいろ見て、美味しそうだなー、とか、作ってみたいなーとか、

まずは、意欲が湧くことが大事ですね」

「なるほどー、見てみます!」

私はさっそくクックパッドを見る。アレもコレも美味しそう。でもまずはカンタンそうなのからね。手軽で美味しそうなもの…、うどん、うどんなら手軽そう。

私はクックパッドを閉じ、「美味しい うどん 作り方」を検索する。

すると、うどん屋さんのホームページが出てきて、「当店は材料からこだわっています」というのを読み、今度は産地についてアレコレ調べ始める。

そして今度はまだ行ったことのない香川県に想いを馳せ、香川県の観光スポットを調べ始める。

当初の「手軽そうな料理を見て意欲を湧かせる」という目的は、遥か遠くへ吹き飛び、「香川県への旅」で頭がいっぱいになっている。

F先生は私のことを好奇心旺盛と言ったが、それはたぶん合っている。しかしそれにプラスして、私はすぐに何かに気を取られる、気が散りウーマンなのだ。

香川県で地元のうどんを食べることを空想しているとiPhoneが鳴る。家族からだ。

「今から帰るよ。晩ごはん、何がいい?」

「うどん! うどんの美味しいヤツ、食べに連れてって!」

…といったような事情で、私の料理への道は遥か遠い。でもいつの日か、美味しい手料理を作って家族に食べさせてあげたい、と思っている。

それで、美味しいね、って言ってもらえたら、あのセリフを言うんだ。

「隠し味は愛情よ♪」