氷山のクレバスに落ちながら思う、かけがえのない友人の大切さ。

例えば、こんなシチュエーションで。

ー標高数千メートルの険しい雪山を、吹雪の中、2人の男が歩いている。私が前で、その後に友人が続く。足場は悪く、歩きにくいルートを1歩1歩進んでいく。

突然、足元が不確かなものになり、私の身体はふわっと落下する。次の瞬間ガクンと身体に衝撃が走る。

クレバスだ。

私の身体はザイル1本のみでつながり、氷の崖淵から2メートルくらいのところにぶら下がっている状態だ。

足先には底の見えない、深く暗い亀裂が広がっている。

私の身体に結ばれたザイルのその先は、友人の身体に結ばれている。切り立った氷の崖淵には友人が半身、身を投げ出すようにして、必死でザイルを引き寄せようとしている。

私も懸命にザイルをたぐり、上に登ろうとする。

「手を伸ばせ! 早くこっちに来い!」

友人が叫ぶ。しかし私の身体はこれ以上進まない。それどころか、友人の身体がジリジリと手前に引きずられている。

助かりたいが、このままだと2人とも落ちてしまう。私は覚悟を決め、ザイルにつかまりながら片手を離す。ウェアのポケットに入れていたナイフを取り出す。

「待てよ、何するんだ!」

友人が叫ぶが、道連れには出来ない。

「ありがとう、楽しかったよ、また来世で会おうぜ」

そう言って私はザイルをナイフで切る。ブツブツッと音を立て、ザイルが切れる。

私は遠ざかる友人を見ながらクレバスの裂け目へと落ちていく。待っているのは確実な死だ。でもあいつには生きていて笑っていて欲しいから。

これでよかったんだ、これで。

…と、こういう、よくあるシチュエーションで、自分を犠牲にしても助けたいと思う友人がいるかどうか。

私にはいる。

このブログによく出てくる、友人の横水さんである。私は横水さんが相手なら、ためらいなくザイルを切る。

ちなみに上のような話は、照れくさいので本人には話さないが、それくらい大切に思っている大事な友達だ。

横水さんは、私がうつ病でどん底の時から、ずーっと毎日連絡をくれていた。

「もしもーし、今日はどう?」

「…今日は…出かけられない…」

「そっかそっか、お大事にね〜」

それでも懲りずに横水さんはずっと電話をかけ続けてくれ、私は横水さんとなら、少しずつ出かけられるようになった。

横水さんは家までクルマで迎えに来てくれ、近所の喫茶店に連れて行ってくれ、おしゃべりをしてくれた。

最初は頭も回らないし、ネガティヴなことばかりしか話せなかったけど、横水さんは私の病気を自分のことのように心配してくれ、本気で私の苦しみを理解しようとしてくれた。

そうやって私は横水さんに並走してもらいながら、なんとか今の小康状態まで這い上がってくることが出来た。

今では2人で平日のほぼ毎日、1時間ほど、なんだかんだとおしゃべりをしている。横水さんのおかげで、私は笑うことも出来るようになったし、楽しみを見つけたり、幸せを感じることも出来るようになった。

私が今こうして回復してきた中の、かなりの部分を横水さんに助けられたと思っている。

そんなふうに過ごしていた去年の暮れ、私は実家に里帰りすることになり、横水さんと2016年最後のお茶をした。

「里帰りから帰ってくるのは年明けだよね」

「そうだね、次会う時は新年だよ」

「じゃ、良いお年を〜」

「良いお年を〜」

そして新年となり、年が明けてしばらくして私は家に帰ってきた。

「もしもーし」

いつものように横水さんから電話があり、私は楽しみに横水さんが迎えにきてくれるのを待った。

いつもの喫茶店、正面には横水さん。今年も楽しく過ごせそう、と思っていたら、横水さんから突然の告白があった。

「私ね、がんかも」

その時の衝撃は、今も忘れられない。目の前が真っ暗になり、背筋がゾクゾクして、血の気が音をたてて引いていった。

横水さんが異常に気がついたのは年末で、年末年始は病院がやってない。専門の病院の予約が取れたのも数日先で、今は身動きが取れない。

横水さんは普通に振る舞っていたけど、やっぱりどうしても最悪の状況を想定してしまうようで、何か別世界に片足をつっこんでいるような、おだやかな感じになってしまっている。

冒頭の話で言うと、ザイルを切る側の状態になっている。

ザイル切るな! 絶対、切るな!

——もし、がんでも、今度は私が寄り添うから。何もチカラになれないうつ病患者だけど、そばにいるよ。何も出来ないけど、そばにいるよ。

私は夜空の星を見上げて、都合のいい時しかアクセスしない神様に祈った。

ー私のうつの期間を延長してもらってもいいので、横水さんを助けてください。

何かしたいけど、なんにも出来ないのでブログを書いた。
(その日のブログ↓)

笑う門には福来る、ということわざがある。意味を調べると、 笑い声が溢れる家には、自然に幸運が訪れる。明るく朗らかにいれば幸せがやってくると...

数日が過ぎ、横水さんが予約した病院の日まで毎日笑って話していたけれど、やっぱり気が気じゃなかった。

そして横水さんが病院に行く日がやって来た。横水さんから連絡があり、結果だけ言うと、

横水さんはがんじゃなかった。

私はそう聞いて、死ぬほどホッとして脱力してヘナヘナになった。自分でも知らないうちに、ひどく緊張していたのだ。

——あぁ、よかった。神様、ありがとう。

横水さんは、半分、別世界にいた状態から普通の横水さんに戻り、私達の日常も戻ってきた。

ザイルを切ってもいいくらい大好きな友達と、普通にゲラゲラ笑って過ごせる日々。それは本当に大切なものなのだと再確認した出来事だった。

そして私はまた夜空を見上げ、神様にアクセスして星に祈る。

——横水さんは無事でした。ありがとうございました。

——それでつきましては、なんなんですけど、うつの期間延長は、無しの方向でよろしくお願いしまーす♪

星は何も言わず、静かに瞬いていた。