ねずみ男のララバイ。うつとオシャレの関係性について。

夢を見た。

私はアーケード街を歩いて、ウィンドウショッピングをしている。良さげなセレクトショップを見つけ、店内をウロウロ見ていたら、目を引くものがあった。

マネキンにディスプレイされた、スーパーマンスーツ。

そのスーパーマンスーツは、赤と青ではなく、ボディの部分がチョコブラウンで、パンツはもっと濃いダークブラウン。

胸のSマークには、ラインストーンが散りばめられ、キラキラしている。

マントはベージュで内側はヒョウ柄になっている。スーツの手首のところにも同柄の袖口がついている。

シャンパンゴールドのベルトも高級感ある感じで、バックルがアンティーク仕上げでカッコイイ。ブーツはダークブラウンの本革で、ヒールが高く、足長効果もありそうだ。

全体的にブラウンのトーンでまとめられた、オシャレなスーパーマンスーツを見ていたら、オシャレな店員さんが言った。

「こちらね、限定品なんですよ〜。今在庫がこちら1点のみで、次の入荷は未定なんですよね〜」

私はそのスーパーマンスーツを買う。けっこう高い。店員さんが、試着室のカーテンを開けながら私に言う。

「こちらで着替えて行かれますか」

私はその場でオシャレスーパーマンスーツに着替えて店を出る。

気がつくと街行く人はみな、赤と青のスーパーマンスーツを着ている。あぁ、今のトレンドはスーパーマンスーツなのね、と私は思う。でも、赤と青のやつより、私のスーツのほうが、断然オシャレじゃない? 私は内心得意げな気持ちになる。

そう思いながら、アーケード街を歩いていると、何やら前方が騒がしい。

人だかりの方へ行ってみると、通りに面したカフェの床が地盤沈下したようにまるごと抜けて、底が見えなくなっている。

「たくさんのお客が下にいる!」

誰かの声がする。周りにいた赤と青のスーパーマンスーツの人達は、宙に浮き、次々とカフェの穴の中に飛び込んで穴の下にいる人を救出に行く。

「私も行かなきゃ!」

みんなを見習い、私も飛んで行こうとするが、私は10センチくらいしか、宙に浮かない。飛べないのだ。

「そうかー、このスーツ、オシャレ重視で作ってあるから、機能が劣るんだなー。なんか損したなー」

…そこで目が覚めた。

なんじゃそりゃ。

オシャレにしてあっても、スーパーマンスーツなんて全然いらないし! 夢だとしても、買うなよ私! 話になんのオチも教訓も無いし!

そんなわけで今朝がた変な夢を見たことをシェアしたいがゆえ、前置きが長くなりましたが、今日のテーマは「うつとオシャレ」で行く。

うつ病前の私は、株式会社を設立するくらいのキラキラ女性起業家だったので、ファッションにはわりと気を使っていた。

髪はいつも巻いてハーフアップにしていた。ネイルはちょっと甘めのカラーで、ラインストーンがワンポイントにあしらわれたフレンチネイル。

基本のファッションはワンピースにジャケット、ハイヒール。またはカッチリしたシルエットじゃないスーツ。

その頃の好きな色は、白、黒、ピンク、ゴールド、ターコイズブルー。大きな花柄やドット、幅の広いストライプも好き。

キラキラしたものが大好きで、アクセントになるラインストーンやビーズの付いた小物や洋服はマストアイテム。

ノートパソコンが入るビジネスバッグも、わざわざ海外から取り寄せて、艶のあるブラックの生地にスパンコールでキルティング刺繍されたものを使っていたし、腕時計もハイブランドの白やピンクのモノを選んで付けていた。

華やかであることが一番重要。かといって、下品にならないよう派手過ぎず。「出来るオンナ、でも大人可愛い」を演出するようなオシャレを好んでしていた。

でも「大人可愛い」とか言いながら今、当時仕事で使っていた自分のプロフィール用写真とかを見ると、ただチャラチャラしてるだけなんだけどね、テヘペロ。

そんな私のチャラチャラ・ファッションライフは、うつ病になったことで一変した。

オシャレのことなんか、まったく考えられない、という状態になったのだ。

派手な色のものは着たくない。ビタミンカラーとか何ソレ無理。キラキラとかシャラシャラとか見たくもない。

それらが放つエネルギーに負けてしまう。圧倒的に眩し過ぎるのだ。

でも、以前の私はそういう趣味だったので、もはやクローゼット自体がデンジャラスゾーンと化してしまった。

ここを開けたら死ぬ、見たらエネルギーを吸い取られて灰になってしまう。

素材もアクリルなどの化繊素材がダメになり、自然素材を着ていたいと思うようになった。といっても、ロハス的オシャレで素材もこだわり抜いて選んでます、通販生活、みたいな感じではなく、体がもう木綿しか受け付けないのだ。柔らかいスウェット素材が一番いい。

腕時計もアクセサリーも、一切付けられなくなった。ネイルなんて、もってのほか。

私のデフォルトはグレーのスウェットのジャージとなった。うつ状態なら黒も良いんじゃないかと思われるかもしれないが、私は黒もダメだった。黒は強い色なのだ。

その点、グレーは生命力の弱い私を包んでくれる、優しい色だった。

私はグレーのジャージを着続け、家族に洗濯を促され、仕方なくグレーのジャージを脱いで、別のグレーのジャージを着る。療養中の長い長い期間を、私はグレーのジャージで過ごした。もはや、体の一部となってしまったかのように、グレーのジャージを着倒した。

少し元気が出てきた頃、家族が買い物に連れ出してくれた。

「もう、ジャージ以外のものも着れるんじゃない? 新しい服を選んでおいでよ」

そして私が選んだもの。グレーのニット、グレーのパーカー、グレーのロングワンピース。

微妙に色合いは違うが、

「…全部グレーだね」

「…そうだね」

この時点での私のファッションリーダーは完全に「ねずみ男」である。

ジャージを抜け出しても、グレーしか着れない。

そんな日々を繰り返すうち、少しずつ色の付いたものを足せるようになってきた。まだ基本軸はグレーだが、バッグを色の付いたものにしたり、羽織るものを柄のあるものにしたり、明るい色のストールを巻いたり。

そして去年の秋の終わり、うつ発病から5年と8ヶ月目。私は自分の意志でネックレスを首から下げた。

私は薬の副作用で手が震えるので、短いネックレスは金具の留め具が自分で止められないが、長めのネックレスなら、1人で頭からかぶって装着することができる。

おばちゃんがネックレスを付けた。

それだけ聞けば「は?」「で?」と流されてしまう、超どうでもいい極小エピソードだ。しかし私にとってこれはもう、月面着陸にも等しいくらいの、なんならファンファーレとか鳴り響いてもらっていいくらいの、大いなる第1歩だったのである。

ネックレスというのは飾り物だ。それを自ら身につけるということは、死んだと思っていた心に「オシャレしよう」という気持ちが芽生えたということなのだ。

そして気がついた。

オシャレを楽しむというのは、生きるのを楽しむことである。

キレイに飾って、自分を大事にしてあげる、ということである。

やった、やったよ!
私、オシャレが出来たよ!

そんなわけで、今の私は、無理のない範囲でオシャレと前向きに付き合いながら生きて行こう、と思っている。うつの服薬の副作用で15kgも太ったけど、それならそれで今の自分に見合ったオシャレをしよう。

時々ねずみ男になる日があっても、それはそれで良しとしよう。ねずみ男の全身グレーコーデは、弱っている私を救ってくれるのだから。

ありがとう、ねずみ男。

でも、私はそろそろ次のファッションリーダーを探しに行くね。