「まこちゃんのブログ、本にしよう!」
……と、友達の横水さんが言った。
それは10月の終わり、いつもの喫茶店で2人向かい合って、お茶を飲んでいる時のことだった。
――そもそもの話は、そこから3日ほど前に遡る。
その夜、私は夫から、ささやかなクレームを言われていた。
「いつもね、まこの話は前後するし、そうかと思えば全然違うほうに飛んでいくし、時々3つくらいの話が同時進行するし、ついていけない時があるよ、笑」
そうなのだ。私はうつ病の症状とは関係なく、病気になる前から、気をつけて話さないと話があっちこっちに移動してしまう、スーパー気が散りウーマンなのだ。
今は療養中で、油断できる相手としか話さないので、その傾向はなおさら顕著に現れていると思う。
――あれ、でも?
私は疑問に突き当たった。
友達の横水さんとは毎日会って話をしているが、特に問題は無い。クレームも無い。
私は、横水さんをよく知る夫に言った。
「でも、おんなじ感じで話すけど、よこちゃんは全然普通に私と会話できるよ。何時間も話す時あるよ。私に問題はないんじゃない?」
すると夫は言った。
「それはー、横水さんに特殊能力があるからだよ」
「特殊能力?」
「そう、頭の中でバラバラの話を分類して、振り分けて聞けるという特殊能力。
だから問題なく、まこと会話できるんだよ」
「ほう」
「同時進行の話でも、話が前後しても、全部理解して対応出来るっていうのは、誰にでも出来ることじゃないんだよ。
だから横水さんは、優秀なセラピストでカウンセラーなんだよ。どんな人の話も聞けるからね」
「そうかぁ、確かにそうかもね」
……なるほど、横水さんは特殊能力の持ち主だったのか。言われてみれば、思い当たるフシがいくつもある。
夫は言う。
「横水さんは人の話を聞きながら、分類して把握して分析出来る人なんだよ。
さらに横水さんは、瞬発力も行動力も計画力もあるから、リアクション能力も高い。
段取り上手なのも、交渉上手なのも、そういうのが理由じゃないかな」
私はうなずき、納得した。夫から言われた私へのクレームなどサッパリ忘れて、私の親友を褒める夫を憎からず思った。
翌日、私は夫の話を横水さんに伝えた。
「えぇ〜、本当? うれしいうれしい」
横水さんは喜んだ。
「うん、夫もそう言ってたし、私もよこちゃんには特殊能力あると思う。聴き取り能力と、分析、計画、交渉と、行動力もあるし、すごい能力いっぱいある! 自慢の友達!」
私が言うと、横水さんは笑って、そして聞いた。
「ありがとう〜。でも、もし私にそんな能力があるとしたら、何かその力を発揮できることってないかなぁ?」
「今やってるセラピストとかカウンセラー以外で?」
「うん、せっかく今、言ってもらったような特殊能力が活かせるような」
「ありそうだねぇ、考えてみる!」
「何か思いついたら教えて〜。まこちゃんには発想の特殊能力あるよ」
「えぇ〜、うれしいうれしい。張り切って考えるよ」
そして3日後、私と横水さんは、またいつもの喫茶店で向かい合って座った。それぞれ飲み物をオーダーし、運ばれてくると、私は話し始めた。
「よこちゃんの特殊能力使える、これは!という仕事、思いついたよー」
「なになに?」
「エージェント!」
「……代理人?」
「そう、よこちゃん、トムクルーズの、ザ・エージェントって映画見たことある?
トムクルーズが、メジャーリーガーとか、スポーツ選手のエージェントになって、新しい仕事探したり、ギャラの交渉をしたり、よりよい環境になるよう、マネジメントしたりするの」
「うんうん」
「スポーツ選手に限らずね、クリエイティブなことがしたい人や、世の中に作品を出したい人はたくさんいるけど、そういう人って自分を売り込んだり、交渉ごとは苦手な人も多いと思うの」
「うんうん」
「そういう人達のエージェントになるっていうのはどうかな。よこちゃんがコレだ!と思える人を、世の中に売り出すの。
よーく話を聞いて、意向を汲んで、どう動けばいいか考えて、アドバイスしたり、代わりに交渉したり、段取りした…」
「やる! それやる! エージェント!」
横水さんは目をキラキラさせて言った。
「うん、向いてるよ、よこちゃん」
私が同意すると、横水さんは続けて驚きの発言をした。
「それ、まこちゃんで、やる!
まこちゃんのエージェントになる!」
「え? ハァ? 私のエージェント?」
「うん、目の前にこんなに世の中に出したい人がいるもん。私、まずは、まこちゃんのエージェントになる」
私はポカンとしながら、アイスコーヒーをひとくち飲んで言う。
「え、エージェントになってくれるのはうれしいけど、私は無職の病人だよ」
「まこちゃんのブログだよ、ブログ。本にしよう!」
と、横水さんは冒頭のセリフを言ったのだった。
続けて、
「まこちゃんは、うつ病の誤解を解きたい、みんなが安心して療養出来るように、って想いでブログ書いてる、って前から言ってるじゃん。
そのブログが本になれば、もっと理解してくれる人が増えるよ」
「はぁ、そうかぁ」
驚いたままの私は、間抜けな返事をする。
「まこちゃんのブログを読んで、心が軽くなった、とか、涙が出ました、ってうれしい感想、ツイッターでも、もらってるじゃん」
「うん……ありがたいメッセージ、いっぱいもらってる」
横水さんは、ホラ!という顔で続ける。
「ブログを本にして出すことで、読んでくれる人が増える。その中には救われる人がいる。これはやる価値があるプロジェクトだよ」
「……う、うん、そうかも、そうだね、意味があるかも」
横水さんは自信満々で言う。
「じゃ、私、今日からまこちゃんのエージェントになりまーす。
最初の目標は、うつブログの本を出す!」
「イェー、本を出す!
本かぁ。本になるかなぁ」
「なるかなぁ、じゃなくて出るまでやるんだよー」
「そうだよねぇ、諦めるまで失敗じゃないもんね」
「そうと決まれば、さっそく動こう!」
「分かりました、エージェント横水、よろしくお願いしまーす」
「あ、まだ、実績ないから(仮)エージェントね」
「(仮)エージェント横水、よろしくお願いしまーす」
そんなわけで、私と(仮)エージェントになった横水さんは、このブログを本にしようと動き始めたのだった。
――つづく。