「うつ」と「がんばる」について考える。がんばれない時はどうしたらいいの?

がんばっている人はステキだ。

がんばる、を辞書で引くと、こう書いてある。

がんば‐る【頑張る】

忍耐して、努力しとおす。

そう、がんばるとは、立派なことなのである。正義である。正義の反対は悪である。ということは、がんばらないのは悪いこと、みたいにも聞こえる。

だからうつの人は、がんばれない自分がダメなような気がしてますます不安になり、落ち込む。がんばっていないのではなく、がんばりたくても、がんばれないのに、落ち込むのだ。

でも、うつの人ががんばれないのは、がんばる気力がないからだ。

うつの人の「がんばることの無理さ」を例えるなら、

充電切れギリギリのスマホで2時間くらいある動画を見ようとするくらい無理。車の給油ランプが点いたのに名古屋から東京を目指すくらい無理。冷蔵庫に調味料しか入ってないのに料理を作ることくらい無理。

もうね、それくらい、がんばるなんて無理なんである。

でも、うつの人ががんばれない、というのは、他人から理解されにくい。それはうつ病が頭や心の中で起こっている病であり、外側からは普通の人とあまり変わらないように見えるだからだ。

そこで出てくるのが、「がんばれ!」という人達である。

「がんばればなんとかなるよ!」「気合いが足りないんじゃないの?もっとがんばって!」

無理。上でクドクド書いたように、無理なものは無理なんである。

でも、そういう人達は善意からそう言っているのだ。良かれと思って、応援してくれ、励ましてくれる。それは分かる。でも善意だからこそ、ますます困る。優しく柔らかく言うと「ありがた迷惑」というやつである。

私は以前、友人から「もっとがんばって! 自分の足で立ち上がって、前に進まないとダメだよ!」と痛恨の一撃を受けたことがある。愛あるアドバイスなのは分かるが、うつで弱った私には眩しすぎる。眩しすぎて灰になった。そして弱々しく、「だよねー」と言った。

そんなこともあるけど、最近は、うつの人にがんばれって言っちゃダメ、という見解が広まりつつあるようだ。

時々、私がうつ病だと知っている相手が何気なく「それじゃ、がんばってねー」って言った後で、しまった、という顔をするのを見ることがある。気を使わせて申し訳ないが、今の私はそんな軽い挨拶程度の感じなら全然大丈夫である。

でも人により、病状により、「がんばれ!」と言われると「もう、これ以上がんばれません」と、最悪のデッドエンドになる可能性もある。もし皆さんの周りにうつ病の人がいて、病状を見極めるのが難しいなら、「がんばれ」はやっぱり言わないほうがいいと思う。

さて、そんながんばれないうつ患者さんであるが、病院に行くと今度は「あまりがんばり過ぎないように」と言われる。「がんばらない」、これがまた難しい。

早く治したいから治療をがんばりたい。治すにはがんばらないことが重要だ。「がんばらないこと」をがんばろうとして、でもがんばれない、というわけのわからないパラドックスに陥ってしまう。そして結局こう思う。

Q. がんばれない時はどうしたらいいの?

そんな質問にうつ病歴5年の自称プロうつ患者の私が答えるなら、

A. あきらめる。

ことである。

うつ病を治すためには、休養がとても重要だ。うつ病の休養とは、がんばらないこと、から始まると言っていいと思う。

まずは、がんばることをあきらめる。今の自分が「がんばれない」ということを、受け入れる。がんばることをあきらめて、ちゃんと休めるようになって、そこからやっと回復に向けて進めるのだ。私はそこにたどり着くまでに、何年もかかってしまった。

うつ病の人はがんばったらダメ。

うつ病の人はがんばったらダメ。

(大事なことなので2回言いました)

根性も気合いもノーサンキュー、である。

うつ病は、病気と闘ってはいけない。闘うのも、がんばることである。うつ病患者は、何もがんばらない、くらいの心意気でちょうどいい。

なので、このブログも一般的にジャンル分けすると「うつ闘病記」であるが、それではがんばり過ぎなので、「日々の雑記」としている。なんなら「女将の細腕繁盛記」にしたいくらいだが、残念ながら女将でもないし腕も太いのでやめておく。